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定型発達はミスしても許されているのか?

 子供の発達障害の本を読むと、たくさんのつまずきポイントあるようです。発達障害の症状が出ていない、「周辺者」たちは、自分の小学校の時に、躓いたことの記憶すらありません。理由は、なんとなく身についているから。それが、ずっと身につかないまま「なんで?」と言う部分が、いくつも残ってしまうのが、障害になるようです。

 よく書かれているのが、「定型発達も失敗が多いのに、なんで、私たちだけ言われるのよ」と言うものです。実際に、これに対しての、定型発達の意見は、「定型発達同士でも思ってますが、流してます」と言うものが多い。理由は、失敗しても持ちつ持たれつの範囲なら、助け合えるから、流す。助けてもらいたがる定型発達だと、助け続けるということはしません。そして、定型発達の人はよほど鈍くない限りは、助けてもらえなくなると、空気が読めるために、遠慮します。この「遠慮」と言うのが、わからないのが、発達障害に多いのです。空気は出ています。表情にも出ています。でも、これが読めないのがアスペルガーの人に多い。ADHDのほうは、相手の表情を見てません。自分の気持ち優先です。ここの違いのために、発達障碍者だけ、言われやすいという現象になっているようです。気づけないで遠慮しない定型発達者は、ここで、違う人に助けを求めます。ところが発達障碍者は、気づけないけれど、同じ人に頼み続けるだけじゃなく「なんで助けてくれないのよ」と言い張ります。ここの部分が定型発達の人は、いい加減に、気づいてよ。と思っていても、助け甲斐がないのがアスペルガーとADHD。お仕事に影響が出る同僚、上司、部下だと、さすがに、毎日のことになるので、「勘弁してよ」となりますし、家族だと一生のお付き合い。もうさすがに「付き合いきれない」となるようです。このため、症状だけで「あの人は発達障害?」と言われやすい現状となっています。

 実際のASD、ADHDの人は悪気はなく、遠慮してほしいというのが気づかないだけですが、「遠慮してほしい」と言う言葉をはっきり使わないで、意思表示するのが日本のやり方なので、「???」となり、それを長年続けてしまうために、失敗を怒られやすい。そういう状況です。許されなくなるのは、「遠慮できない」回数によるようです。

ページの用語

「当事者」ASD、ADHDの症状がある人
「周辺者」アスペルガー、ADHDの周辺にいる人
「専門家」カウンセラー、精神科医