始めに

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あいまい表現が苦手

 ASDの「当事者」は、あいまい表現が苦手な人もいるようです。

「これ」「それ」「あれ」などの指示代名詞
「同じように」「似たように」「適当に」など抽象的な言葉
「ちょっと」「こんな感じ」「ざっくりと」などの、副詞
「多め」「少なめ」「軽く」「すごく」「たくさん」など、分量を表す言葉
「主語」「修飾語」などが省略される文章

 例)「これを、そこに置いておいて」
   「同じように、この書類を仕上げてください」
   「ちょっと大きいよ」
   「予算が多すぎる。少なめに変更してください」
   「(あなたが)(その仕事をすることは)(時間がかかって大変だと思うけれど)がんばってね」

  指示代名詞は固有名詞を、毎回入れないと難しいそうです。「同じように」は、ある程度の説明をした方が伝わるそうです。「ちょっと」というのは具体的な伝え方に変えないと伝わりにくいそうです。「多め」「少なめ」は、数字を入れてあげる方がいいそうです。「主語」「修飾語」は省略しないほうがいいようです。具体的な指示や説明じゃないと、意思の疎通がはかれないことも、よくあるようです。

  会話には、5W1Hを入れる方がいいそうです。

「いつ」時間「誰が」人「どこで」場所「何を」すること「なぜ」理由

 「○月○日、△△△さんが、☆☆☆という場所で、◆◆◆ということを、×××という理由で、やってください」ということを、毎回、入れて説明したほうがいいようです。

 日本語は、英語と違って、語順がバラバラになることばかりです。話言葉だと特に、そうなります。「主語」「修飾語」は省略されるし、あいまいな表現でわからず、しかも、語順が人によって違ったりする。そのため、「今までの分をまとめておいてください」と指示されて、時間や日にちの指定がないと「どこから、どこまで?」とASDの「当事者」は戸惑ってしまう人もいるようです。「今日の朝から、今やっているところまでを、○○さんがまとめてください」と言ってから、さらに詳しく、やり方まで指示しないと、わからないままの「当事者」もいるようです。

真に受けるアスペルガー

「飛び上がりそうなぐらい驚いた」「それを選ぶの? 嫌だ。吐きそうだ」と友達や知り合いに言われた場合。

→大変さを表す言葉で、大げさなことを言いたいための修飾語を真に受けてしまう。ただの飾り言葉で、「とても」「たいへん」「すごい」などを、わかりやすくするための表現なので、「当事者」は「飛び上がるんだ?」「吐きそうなんだ?」と返答しないほうがいいです。「驚いた」「嫌だ」のほうを重要に考えたほうがいいパターン。

「ぜひ、これがお勧めよ」「ものすごく似合うわ」と、初めて入ったお店の人に勧められた場合。


  →セールストークのため、お客様に買ってもらいたいから言っている場合もある。定型発達の人で慣れている場合は、自分の目で確かめて買っている。

「すぐ近くの家で、白アリが発生しました。見たところ、あなたの家も危ないですね」「地震で倒壊した家は、あなたの家と同じぐらいに建てられたものが多いですよ。危ないので、リフォームを」「あなたの家は呪われているオーラが見える。ハンコを買いなさい」「この近くの伊藤さんの家でも買われて、気に入っていただけました。あなたにもお勧めですよ」と、家を訪ねてきた売り込みの人に言われた場合。


  →この辺になると悪徳商法です。ASDは、これすら真に受けてしまうレベルの「当事者」がいるため、一度でも引っかかった覚えのある人は、重要な決定事項は、自分一人で決めない。金銭、通帳は別の人が管理する。などの措置が必要です。建築士、屋根診断士、家の鑑定家、本物の占い師などは、まず、一軒一軒回って、商品は勧めないです。回っているのは、セールストーク集を読み込んだセールスマンです。そこまで家のことも、何も詳しくないケースばかりです。「伊藤さん」「鈴木さん」など、近所に何件もある苗字を言って、買わせる方法もセールストークです。

知り合いに、自分が遭った嫌なことを話した途中で、「そんなのやめたほうがいいよ」「その会社、おかしいんじゃない?」と軽く言われた場合。


 →本当にやめたほうがいい場合は口調が違います。軽い口調の場合は冗談です。雑談中の流れでの話なら、そこまでの意味ではない場合が多いです。本当におかしい会社だったら、どんな会社の事情かを詳しく聞いてから、親身に注意します。話の流れで出た言葉は、大げさ表現と同じです。

「噂話なんだけど、○○○さんって、△△△なんだって」と、知り合いに言われた場合。


 →言っている人がどういう人かで判断します。軽い口調、いつも、言っていることに真実味がない、人のうわさ話が大好きという場合は要注意。誠実な人だとうわさ話は、話しても大丈夫程度のものばかりです。定型発達の人は信用度を、話をよく聞いてから、自分で判断します。

「私、○○○ができなくて、本当にいろいろできないんです」「うちの子は出来が悪くて」知り合いと、軽く雑談中に、会話に出てきた場合。


 →「そうですね」と絶対に言ってはいけないです。むしろ、謙遜で言っているだけなので、「そんなことはないわよ」という言葉を期待している場合が多いです。「いい」とも「悪い」と、何も言えない返事の場合もあるため、わからない場合は、あいまいにやり過ごす定型発達の人も多い。

「これだと、○○○となるけれど、その選択肢でいいの?」と聞かれた場合。


 →ただの確認の意味で言っているケースもあるし、相手が注意の意味で言っているケースや、その答えを選ばれると、困る人がいるという場合に聞くケースもある。 相手の真意を確かめてから返事をした方が安全です。

何度もトラブルを繰り返した「当事者」に対して、「何度、間違えたら気が済むんだよ」「さすがに付き合いきれないよ」「そこまで面倒が見切れないよ」と言われた場合。


 →トラブルばかりで、あきれて言っている場合と、本当に嫌がっているケースといろいろです。「君とは付き合わない」「面倒は見ないよ」とはっきり言わない場合は、「当事者」を突き放しきれないケースの場合もあり。それを言った人しか、心はわからないので、本人に確かめるしか方法はないです。定型発達の人が言われたら、表情と声でどこまで嫌がっているかを、判断してします。

「できたら、やっておくね」「たぶん、大丈夫かもしれない」「~のはずだから」 という言葉で言われた場合

→「~できたら~する」「~かもしれない」「~はず」この言葉は「周辺者」でも迷います。はっきりと聞けるときは、確認したほうがいいです。相手がごまかしたくて、あえて、その言葉をつけている場合は、聞き返すと野暮っぽくなる場合もあり、相手の言葉の言い方と表情で定型発達の人は判断しています。

「お話は分かりました」と、会話中に言われた場合。

→「わかってもらえましたか」と返事をしてもいいケースと、してはいけないケースと分かれます。「でも」「しかし」と続く場合は、内容が分かりました、把握しましたという返事で、「わかりました」と言っている場合があり、OKではなく、納得したわけじゃないケースもあるからです。相手の表情が浮かない場合は、納得してないです。さらに相手に確かめてから返事をした方が安全です。

何か、問題があった時、内緒にしていたことが発覚した時に、聞かれる言葉、「怒らないから、教えて」と言われて、怒らないのなら教えてもいいかもと思って、正直に教えたのに、「なんで、内緒にしていたんだ!」「どういうことなの?」「信じていたのに」などと、聞いた人からなじられてしまう場合。

→この場合は、聞いた人の性格や状況によって変わります。聞いた人が「何とか聞き出してやろう」と思って、誘い文句で言うケースもありますし、「状況を聞いてから、考えたい」と思って、実際に聞いたら、思ってもみないことを言われて、つい「カッとなった」ケースもあります。聞いた人は、聞いた時点では感情的にならないようにと思っても、事実を知ってしまって抑えられないケースになります。ASDの「当事者」は、怒らないと言ったのに、怒ったのはウソをついたと勘違いしますが、誘い文句で言って、叱ってやろうと思って聞き出す人の場合は、嘘をついたことになります。実際に聞いて、感情的になったほうは、ウソをついた意識は、聞いた人にはなく、「聞く前は怒らないと決めていたけれど、そんな状況なら、いくら何でも怒りたくなるよ!」と気持ちが変化しました。ASDの「当事者」にしたら、「怒らないと約束をしたのに、怒るなんて、ひどい!!」となります。聞いた人は、「怒らないと約束したけれど、それは約束違反になっても怒るケースだ!!」となります。状況にもよりますが、ASDの当事者は怒られた理由が正当なものなのかの判断ができません。聞いた相手が怒りを鎮めるのを待ち、「当事者も」すぐに「理不尽だ。怒らないと言ったじゃないか!!」という気持ちだと、話し合いができないので、両方の気持ちが鎮まるまで、「いったん休止」にしたほうがいいかもしれません。その後、図やフローチャートなどを使って、ASDの「当事者」に理解できるように「周辺者」のほうが、説明が必要になるのではないかと思います。状況に合わせて、考えていかないと難しくなります。感情的になると聞いてもらえないので、「当事者」「周辺者」の気持ちが鎮まってから、事務的に説明をしたほうが良いようです。

 セールストークを見抜けない「当事者」も多いようです。セールストークに対する返答を、あらかじめ「周辺者」が「当事者」のレベルに合わせて作っておくのも一つの方法です。
 金銭の問題で、何かある場合は、「周辺者」が大きなお金の流れを管理したほうが安全です。ASDの「当事者」は、少額を持つ程度にした方が安心だと思います。
 冗談、社交辞令なども、一度でも引っかかったものなど、自分レシピ本のルーズリーフに印刷して予防するのも一つの方法です。ADHDの「当事者」やADHDを併発しているASDは、覚えておけないので、レシピ本を時々見直してもいいかもしれません。

愚痴を吐き出そう。そして、捨てよう

 誰にも見せないノートを作る方法が紹介されていました。愚痴日記みたいなものを作成し、そして、それを捨てる。重要なのは、吐き出したほうがいいという部分と、それを捨ててしまうということかと思いました。
 悪意はないけれど、人騒がせなのが、ASD、ADHDの症状です。でも、悪意がなくても「周辺者」にしてみたら、たまったものじゃないなんてトラブルもたくさんあります。それらを、世話をし続けると愚痴もたくさんたまります。それを人に聞いてもらうのもいいですが、言えない場合は、「愚痴ノートをつける」しかないのかもしれません。ここでもルーズリーフの活用が役に立ちそうです。ルーズリーフは線入りを買って、それに書き出して、ある程度たまったら、シュレッダーにかけます。粉々になって「愚痴はさようなら」。そんな儀式も必要なのかもしれません。ブログに書いて、それを「削除」というのもいいかもしれません。ブログは非公開もできますから、手軽です。

人間関係修復本が参考にならないことも多い

 ASD、ADHDだとわかるまで、一般的な人間関係マニュアルを手にする人も多いかと思いますが、それらを読んでもしっくりこないと思います。一般的なやり方は、難しいようです。ASD、ADHDのマニュアル本を参考に自分で考えていくしかないようです。理由は、ASD、ADHDにはタイプ別に対応方法が異なり、しかも合併症が多くて、どれを選ぶかを決めるのは、「当事者」には決められません。周りと認知のずれがあるために、そのずれが少ない一般感覚を持った「周辺者」が決めていくことになるようです。ただ、「周辺者」がいつも、正しいとは限らないので、「周辺者」も、周りと相談しながら決めていくのが安心で安全です。「専門家」に通うのが一番いいようですが、精神科医に診てもらったら、「その程度なら、そういうことをする人は、どこにでもいるからね」とか、他の病名が付いたりなど、そういう書き込みがインターネットのあちこちで見られました。精神科医も、ASD、ADHDに詳しい人を発達障害者支援センターで紹介してもらった方が良いようです。でも、時間がない。通うのに抵抗がある。「当事者」が認めてない。「当事者」が通うのを止めている。など、諸事情により「専門家」に相談ができない場合は自力でやっていくしかありません。
 一般的な人間関係修復マニュアルは参考にはならないので、ASD、ADHDの対応マニュアルとさらにインターネットで詳しく調べて、「当事者」にあった参考書を自分で作っていくしかなさそうです。自分用のレシピ本は、ルーズリーフの記事を参考にしてください。

「周辺者」があきらめの心境になる理由

 何度も試行錯誤を繰り返し、「当事者」も頑張ってはいるのだけれど、結果が思わしくない。そのうち、やらなくなる。でも、また、トラブルが出て、少しはやりだして、でも、ゆっくりとしかやれない。そういうのを繰り返すと、そのうち「周辺者」にあきらめが出てきます。
「じゃあ、いったい、どれならできる?」ハードルが、どんどん下がってくるのを繰り返して、「当事者」がいろいろとできないことがたくさんある。しかも、それは努力とは関係ない。ということを、「周辺者」の心がゆっくりと受け止めていく。そういう時間も必要なのかもしれないと思いました。

 「当事者」も、自分ができないことが多くて、でも、「「周辺者」だって、できないことがあるのに、なぜ、自分の欠点ばかり言われるんだ? 」という心境になりがちです。「周辺者」は、大人になるにつれて、そのときの問題を片付ける場合、自分の欠点が指摘されても、指摘した人の欠点を見つめることはしません。トラブルにしてしまったのは、自分の欠点が問題であり、指摘した人の欠点を見ても、解決しないと知っています。面白くないからと言って、指摘した人を攻撃しても、トラブルは減らないからです。ところが、ASD、ADHDの症状から、「当事者」は、気持ちの整理ができません。「怒られるのは嫌だ。なぜ、怒られるのか、自分はこれが正しいと思っているのに」と思い込んでいる場合は、そこの認知のゆがみをゆっくりと時間をかけて、知ってもらう必要があります。理解することは難しいようですか、「そういうものなのか」という概念を知ることはできるそうです。「理解ではなく、把握ができる」ようです。自分が納得していないものを受け入れる作業は、かなり苦痛になります。「当事者」は、それを繰り返して覚えていかないといけないため、とても大変になります。「周辺者」も同じですが、もしも、心に余裕があるのならば、ほめたり、励ましたりした方がスムーズにいくようです。余裕がない場合も多いので、その場合は、「周辺者」も無理をしないほうがいいようです。
 色々なトラブルを繰り返して、「当事者」ができないことがたくさんあると「周辺者」の「当事者」に対する期待値のハードルが下がります。あきらめというより、ありのままの「当事者」の状態を受け止めるという状態になっていく作業になるのかもしれません。

症状が一人一人違う

 育ってきた環境が違うから、というのもあるのか、同じASDでも、積極奇異型、受け身型、人を避ける型と、タイプが分かれます。そうなると、症状も違ってきますし、対応も違います。さらに併発しているものが、ADHDやLDなど、いくつも出る場合があります。人によって、症状が全然違ってくるみたいです。「においに敏感」という人もいるし、「音のほうが敏感になる」「地図が読めない」「空間認識能力はむしろ得意」など、違ってきてしまうらしく、まず、自分の症状を把握するところから考えないといけないみたいです。同じASDでも、他の人で症状が良くなっても、自分がやっても効果が薄いなんてこともあるみたいです。
 ADHDでも、「金銭感覚は大丈夫」「借金なんて、怖いから、したことがない」という人から、「何度も借金をした」「親や友人に何度もお金を借りたけれど、懲りない」という人もいるみたいで、人によって違うみたいです。両親、友達の影響もあるのかもしれません。

 ADHDの場合、一説によると60%が混合型になるようですが、 多動、衝動性優勢型と不注意優勢型のどちらの特徴がより強く出るかによって、対応も違ってくるようです。

 自分に合ったやり方を、ゆっくりと見つけるしかなさそうです。「周辺者」とよく相談して、行動を考えていくしかなさそうです。

人の何倍も説明が必要になる

 ASD、ADHDの両方とも、自分が正しいと思っている、もしくは、なぜ、自分ができないのかがわかっていないため、説明が細かくなる場合があります。
 たくさん説明すればいいというわけではないようです。自覚がある場合は、「当事者」に下準備をしてもらう必要があります。自分の症状が分かってからじゃないと、説明しても、どうしていいかわからないからです。下準備には、ものすごく時間がかかります。症状の把握をしてもらい、自分に当てはまっているものを選んでもらい、その中で気になっているものをピックアップしてもらい、「周辺者」が困っているものもピックアップして、という作業を繰り返して、「当事者」「周辺者」が大まかに、症状を理解してからじゃないと、説明できないと思います。ここまでが下準備になります。
 さらに説明するにも工夫が必要になります。「当事者」によって、症状が異なるので、それに合わせる必要があります。一度にたくさん言っても、許容範囲を超えるとパニックになるので、できません。でも、何も説明しないわけにもいかないので、必要な部分を選んで、何度も思考錯誤を重ねて、「当事者」にあった方法を見つけるしかなさそうです。一般的に、それを知らない人に説明するには、一からすべて説明しますが、ASDの場合は、さらに補足説明が必要になってくるため、何倍も説明が必要になってしまうようです。

 ADHDの場合は、聞きたくないことをするのは、しないので、短く説明したほうがいいようです。それでも、聞いていない人も多いようなので、聞いてもらえる説明方法を「周辺者」が考えるしかなさそうです。それでも、なかなか直らないようです。

 ASD、ADHDの自覚がない人に説明する場合は、下準備ができていないので、なかなか聞く耳は持ちません。その部分を、工夫しないと難しいようです。学校、会社などで、診断されてから、底つき体験を経てからじゃないと、聞いてもらえない人も多いようです。

ルーズリーフを活用しよう

 ASD、ADHDの本に載っていない情報や、自分用のレシピ、認知行動療法の用紙などを印刷して、ルーズリーフに閉じます。ルーズリーフは100円均一ショップに売っているもので十分だと思います。ルーズリーフ用紙は白紙のものを用意して、印刷します。ワードなどで、ルーズリーフの穴の分を長さを測って、ページの大きさ、余白などを考慮して用紙設定をして、ルーズリーフの大きさに合わせて、テンプレートを作っておくと便利です。
 ポスターと同じで、余白部分に絵などを入れてみてもいいかもしれません。好きなキャラクターを入れたり、花柄にしてみたり、飽きさせないように、するのもいいかもしれません。
 
 ルーズリーフだと、取り外しができますし、順番も変更ができます。必要が無くなったら、そのページだけ捨てるだけなので、自分専用のレシピノートが出来上がります。

ポスターを作ろう!

 小学校の時によく見かけた、注意書きポスターを真似して作ってみます。水道、トイレ、廊下に貼ってあった「~は、やめよう!」を真似して、家の中に貼る方法です。ただし、普通のものでは、面白くないし、効果が薄いので、絵を活用します。

・標語を考える。
 「~をしないようにしよう」「~しよう」これの下に、「当事者」が好きなアニメ、漫画のキャラクターやドラマの登場人物、タレント、歌手などの写真を印刷して切り抜いて貼ります。ただし、著作権や肖像権に触れますから、ポスターを作っても、家の中だけにした方がいいと思います。吹き出しなどを使って、キャラクターが語り掛けているかのようにポスターを作ってみても、面白いかもしれません。あまり、あちこちにたくさん貼っても、ごちゃごちゃするだけなので、3つぐらいにとどめたほうがいいと思います。

自力で頑張るコース

 症状をある程度調べてみた結果、急いで、「専門家」に通うほどじゃない、もしくは、まだ決めかねている場合は、しばらくは自力でやっていくしかありません。

・すぐに考える必要があるトラブルを書き並べる。その中で、優先順位をつけて、3つほど、挙げる。症状が重すぎる場合は一つぐらいでやめておく。無理はしないこと。


・気長に対応を考えていくトラブルを並べてみる。優先順位をつけて、その中でできそうなものを3つほど挙げる。対応方法を書く。目標を立てる。日程を考えてみる。


・認知行動療法を自力で考えてみる。コラム法を作ってみる。ただし、「周辺者」の中で、冷静で客観的で感情的になりすぎない人に、添削してもらった方が良い。
 *「当事者」の症状が重いと作れないかもしれません。

・判断がつかない案件はバランスシートを作ってみる。考え方の癖を練習のために作るので、この通りにできるわけじゃなくても、こういう考え方があるのかと、「当事者」が把握する程度で、無理はしない。最初は、把握程度でとどめる。

          ↓
・前にトラブルになったものは、「当事者」は言い張らないで、「周辺者」に安心してもらう行動を心掛ける。

・重要なことは、できるだけ「周辺者」が主体となって決める。どうしても決められない場合は相談したほうがいい。

・トラブルは続くので、感情的になりやすいことを「当事者」「周辺者」は、わかって行動したほうがいい。感情処理は、「周辺者」は自力で何とかしたほうがいい。

・同じトラブルになったら、「当事者」と一緒に、考える。コラム法、バランスシートを何度も見直して、トラブルになっても、冷静になれるように「当事者」「周辺者」の両方が、バランスのとれた考え方は、どれだろうかと、行動を見直す。

・「当事者」が余裕がない場合が多いので、新たに気になる問題が出たら、「周辺者」がコラムシート、バランスシートを作ってみる。決して、無理はしない。症状の改善ではなく、とりあえず、把握してくれるだけでよいと考えたほうがいい。いつか、できる日が来るかもしれない。

 *これは、あくまで自力でやっていく場合、私が考えた方法なので、他の人にあっているかどうかは、わかりません。その人なりの合う方法が見つかるまで、色々なことを試すしかなさそうです。認知行動療法は、個人でやる場合は自己責任で。程度が軽い人向けです。症状が重い人は、専門家に相談したほうがいいと思います。

「専門家」に診てもらってから考えるコース

  「専門家」の判断を聞いてから、考えたい人向けのコース。あくまで目安です。

・発達障害者支援センターに相談して、精神科医を紹介してもらう。

     ↓数か月待ちが多い

・精神科医に見てもらう

     ↓詳しい診断結果が出るまで数か月かかるらしい

・精神科医に相談して、その後の方針を立てる

     ↓

・気になることがあったら、発達障害者支援センターに相談して、ケアを考える。

 ↓ 「専門家」に頼んで進める場合         

・「専門家」の指導の下に、認知療法などで、社会スキルを身に着ける。 
・自助会などに参加。その他セミナーに参加。                  

                         ↓自力で対応していく場合
     
・診断により、「専門家」に通うほどじゃなく、自力の場合は、自分で症状を調べたり、自分で対応を考える。相談できる人を決めておく。

急ぐか、気長にやるのか、分けてみよう

 応急処置が必要なケースというのがあります。日常生活に著しく困難になっている。仕事にかなりの影響がある。金銭の問題を繰り返す。という症状は、「専門家」に相談するか、発達障害者支援センターで相談したほうがいいようです。そこまでいかないレベルで、自分たちで対応をしなければいけない範囲で、早急に対応が必要なことは、すぐに考えないといけません。
  応急処置が必要なものと、気長にやっていくものを分けて、さらに、その中で優先順位をつけないといけません。それをするのは、「周辺者」になります。「当事者」に自覚がある場合は、「当事者」と話し合うのもできるかもしれません。

 「当事者」じゃないと、できるかどうか、対応したいかどうかはわかりません。「周辺者」は、「当事者」の様子を見ることはできますが、頭の中で考えていることはわからないので、様子を見て進めるしかなさそうです。

 優先順位をつけたら、日程表を作り、目標を立てます。ただし、日程通りに行くことは、まず、ありません。ASD、ADHDの両方が、とても難しい症状の上に、大人になっているたため、認知のゆがみを取るのは、並大抵では難しいらしく、自覚があっても、進みません。本を読むスピードも、遅い人も多いようです。ADHDだと、読まない人も多いようです。読んでも、嫌な作業になるため、集中力が持たないようです。ただ、やらないと、いつまで経っても、直ることはないので、その辺の兼ね合いは、「周辺者」が考えていく必要があるようです。

タイプによって対応が違う

 ASD、ADHDにはタイプがあります。どれが強く出るかは個人差があり、その人ならではの対応方法を考えなければいけないようです。

ASD

 積極奇異型

自覚がない場合・・自覚が出るまで待つしかないそうです。自分で、迷惑行為をしていても、許されると思っているケースと、そもそも、周りの無理解から起こっていると勘違いしているケースとあります。自分の子供にASDが出たり、学校や会社などで診断を進められたり、底つき体験ぐらいのところまでいかないと難しいようです。

自覚があっても直さない場合・・自分のやり方にこだわるし、積極的ですから、受け入れても、ほとんどやりません。自覚がない場合と同じく、何かのきっかけがないと難しいようです。ほめて、おだてて、様子を見つつ、やりたくない範囲は無理をしない。そう書かれている場合が多いようです。

自覚があり、直したいと思っているけれど、症状が出ている場合・・社会スキルを覚えてもらったり、問題行動の自覚があるけれど、何が悪いか指摘されても、時間がかかったり、「周辺者」は大変です。大人になっていると中々直らないようです。間違っていることを判定する係を「周辺者」で決めておき、「当事者」は言い張らない、間違えたら謝るなどの対応を教えていきます。急ぎで対応を迫られている部分を改善しようとしても、孤立型や受動型と違って、こだわりが強すぎて、たとえ自覚があっても、なかなか直らないケースが多いようです。そこをどうするかは「周辺者」が考えていくしかなさそうです。気長に取り組むにしても、改善が少ないため、疲れないように、「周辺者」が無理しないように、対応していくしかなさそうです。

 孤立型と受動型

自覚がない場合・・穏やかに、相手が理解できるように気長に説明していくしかなさそうです。こだわりはあると思うので、そこをどうしていくかは「周辺者」が決めていくしかなさそうです。おとなしいのでトラブルメーカーになるところまで行くケースは少ないようです。トラブルになるのは、「言葉の意味が理解できない」「認知のゆがみ」が多いようなので、そこをどうするか、「周辺者」があらかじめ決めておいた方がよさそうです。善悪の判断がおかしくなることもあるので、そこでのトラブルもあります。気長に教えていくしかなさそうです。

自覚がある場合・・本人が症状を理解できるのなら、本人が本や資料を調べてもらって、「周辺者」が補助が必要のようです。自覚がない場合と同じで、トラブルになっている部分の対応を「周辺者」が考えていく必要があります。症状を「当事者」が少しずつ把握して、「周辺者」はそれに合わせて、急ぎで対応が迫られている部分は、応急処置を考え、気長に取り組んでいくテーマは、対応方法を「当事者」の状況で考えていくしかなさそうです。

子供向けの本

 大人のASD、ADHDの本は、まだまだ少ないです。行政のバックアップも子供のケアが多いです。ペアレントトレーニングもあるようですが、それを大人のASD、ADHDのファミリー、友人、仕事の同僚など用に作ってほしいと思っています。せめて、インターネットで解説ビデオをユーチューブで流してくれたら、とっても助かるのにと思っていますが、まだまだのようです。

 ASD、ADHDの行動を具体的にトレーニングする本は、子供向けでいくつか出ています。小学生、高校生、大学生向けのものがいくつかありました。
 大人の場合でも、「仲が悪くなった場合の修復方法」「イライラした場合の解消方法」など、解説本があれば、このブログも書かなかったと思います。仕事や金銭問題、家族以外にもたくさんあると思いますが、こういうもののハウツーものが出るといいなと思っています。 カサンドラ症候群の本も、まだまだ少ないようです。

社交辞令を信じる

 ASDの人とコミュニケーションは取りづらいです。言葉を額面通り受け止めるからです。社交辞令、常套句、これらも真に受けるケースがたくさんあるようです。

「今度、飲みに誘ってください」「ゴルフを始めたんですよ。一緒にどうですか?」

  →挨拶代わりに言っている場合も多い。相手の言葉の力の入り具合で違うので、返事が違ってくるのが分からない。

「よろしかったら、これをどうぞ」と何かを勧められる。

  →「私、それは嫌いなんで」と、ASDの「当事者」が返事してしまう。この場合は、「はい、ありがとうございます」と好き嫌いは言わないほうが良いことが分からない。

「最近、太ってきたのよ」

  →「そうだね。本当に太ってきたね」なんて言ってしまう。定型発達の人がこんなことを言う場合は、冗談で友達に笑いながら、「嘘だって、そんなことないよ」のフォロー付きなら、言う人もいる。この場合は、「そんなことないわよ」と否定してあげる場合が多い。それ以外だと、「私も太ってきたから、ダイエットとか、いい情報があったら教えてよ。何が効果あるかなあ?」 などと返すこともある。

「困ったことがあったら、言ってください」を真に受けて、相手に頼んではいけない範囲まで、頼もうとする。

   →「それは、あなたが自分でやらないと。手伝える範囲のことだったら、やるけれど」と定型発達の人が言っても、本気で怒り出す。

「それ、面白そうだね」と発達障害者が聞いた場合、「じゃあ、今度貸してあげるよ。そのうちに」

  →この場合、「そのうちに」が付いていることが重要で、具体的な日にちがないと、貸さないこともある。相手によっては、本当に貸してくれる場合もある。相手の言葉の言い方と表情と性格で見分けるということがASDはできません。

「検討しておきます」「前向きに考えておきます」

  →言葉の抑揚が平坦なら、「言葉だけだ」と言う可能性もあります。前後の言葉で判断しないと難しいです。

「機会があれば、誘います」「今度、お近くに寄った場合は、伺います」

  →「機会があれば」で誘う場合は、ほとんど連絡がない。「ぜひ、行きたい」という気持ちはない場合が多い。「そのうち」と同じパターン。「近くに寄った場合」は、自分が行く場合も、相手が近くに来た場合も、伺うことは、あまりない。よほど、親しい仲だとあり得るけれど、連絡は入れてから行く場合が多い。    
                        

  
 これらを見分けるのは、相手の言葉の言い方、強さ、表情、相手の性格を考慮して決めるのが定型発達者です。「いつ」「どこで」「だれと」が入っていると本気の場合が多い。「そのうちに」「いつか」「機会があれば」などが入っていると、本気じゃないことも多いです。でも、中には、ひねくれている人、まじめすぎる人、相手も社交辞令が分からないなんてこともあるため、「周辺者」でも見分けがつかないケースもあり。

 相手の本気度、実行する気持ちの強さを考えないといけませんが、その場にならないとわかりません。自分は、「私は、社交辞令を真に受けちゃうタイプなんで、わかりやすく言ってもらえると、助かります」とあらかじめ言っておくことも予防法としていいのかもしれません。
 ただし、ちゃっかりした人、相手に押し付けたがる人、誠実じゃない人もいますから、相手が信用できるかどうかも、考える必要があります。自分の症状を理解している相談できる人を日ごろから作っておいた方が安心です。その場合は、相談した相手に、「いつも、悪いけれど」「いつも、助かるよ。ありがとう」と感謝の言葉を伝えたほうがいいです。「当事者」が、そういうやり取りがわからないのなら、「周辺者」がそれを教えてあげるしか、なさそうです。

親切で優しく、責任感の強い「周辺者」は要注意

 「当事者」の困った状態を、「わたしが何とかしてあげよう」と思い、どんなに努力しても、努力の割には報われず、相手からは言葉は優しさはなく、反応がない場合も多く、そのため、疲れ果てる。
 そういう状態になりやすいのがASDの「周辺者」の中で、まじめで親切で優しい、責任感の強い人のようです。真面目じゃなければ、「別に私がやらなければいいや」と、適当に距離を取ります。逃げる人も多い症状です。最後までそばにいようとする人は、そういう性格の人が、多いようですが、共依存関係になりやすく、ASDは自覚がない人も多いので、それだと、限がありません。
 友人関係だと離れることも可能ですが、親戚や家族や仕事の人だと、そうもいかないので、その人に合った距離感で接したほうが、「周辺者」の心が安全です。無理をしないほうがいいと思います。
 相手に合わせるのではなく、自分の心のペースを守れるように、ASDのことを、よく知り、自分に合った方法を、ゆっくりと見つけていった方がいいようです。

認知行動療法2

 バランスシートというのがあります。行動、感情などを、メリット、デメリットを考えられるだけ挙げて、後は点数をつけるというもの。

ASDの人に何度も説明するのは疲れた。説明をやめようか?


メリット・・自分の心は楽になれそう。とりあえず、休息はできる。

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デメリット・・トラブルが減ることはない。金銭、手続きなど、任せると、また、何かやらかしそう。

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 コラム法は、バランスがとれた考え方ができるように見直す方法ですが、バランスシートは、考えが煮詰まった時、迷いが強い時などに、時々使う方法のようです。

  コラムシート、バランスシートなどのテンプレートが探すと見つかります。onenote、evernoteなどのパソコンのメモツールに張り付けて使うと便利です。

認知行動療法

 アスペルガー、ADHD、カサンドラ症候群。これらに対して、認知行動療法などがあるようです。

・今、自分が大変だと思っていることを、カウンセラーに話す。心の荷下ろしをする。

・自分の行動チェックする。

・気になる点を認知のずれがないか、そのときの感情は、どんな行動をしたかを記録する。

・記録したものをカウンセラーが見て、気になる点の改善案を考える。

・ 考え方の癖を見直す。バランスのとれた考え方になるようにしていく。

  などを行うようです。認知、感情、行動を記録して、偏らないバランスを取れた考えと行動ができるように、カウンセラーに見守ってもらいながら、やっていく方法です。

 コラム法というのがあります。

気持ちが動揺したときのことを書く。
アスペルガーの人にひどいことを言われた。
そのときの気持ちを書いてみる。 
なんて、ひどいことを言うのかと思った。
自然に浮かんできた考えを書いてみる(自動思考)。
無意識でも嫌だ。怒り80%。
自動思考を裏付ける具体的な事実を自分なりに書く。
障害だとわかっていても、感情的になるから。
自動思考と反対の事実はないか書いてみる。

感情的にならない方法はあるだろうか? バランスのとれた考えはなんだろう? 感情的になるのは、あっても、自分を落ち着ける方法もあるかもしれない。
その結果、今はどう思うかを書いてみる。
我慢できないときもあるけれど、相手が悪気があるわけじゃないと理解しているけれど、気分的には面白くない。怒り65%。落ち込み10%。

   *実際には、一つの項目で何行書いてもOK 
 
 
 なんてことを、何かあるたびに、記録してみて、自分の心の動きと考えの癖、バランスを取った考えがあるかもしれないというのを自分で見つめなおすようです。解説サイトがたくさんあるので、気になる方は、調べてみてください。

 社会的に適応できるぐらい、自分で何とかやっていけそうになったら、その後は自力で、やっていくことになるようです。考え方の癖を知り、それを改善できる部分を変えていく。
 アスペルガー、ADHDの「当事者」は、自分の考え方の癖は、自分ではわかりませんが、ある程度はわかっている「周辺者」は、自分の気持ちが落ち着いたら、自分だけじゃなく、「当事者」を見守るときに、応用ができるかもしれません。

励ましてくれる人が「当事者」「周辺者」に必要

 「ASD、ADHDかも?」と思い始めたところから、葛藤が始まります。そこからは、逃げ出したくなるほど、嫌なことの連続だったりします。気持ちも沈みがちだったり、苛立ったり、そういう時には冷静に対処をしてくれるフォローしてくれる人が必要になります。「当事者」が複数いる場合や、「周辺者」に味方がいない場合は、カウンセリングを受けたほうがいいかもしれません。
 距離感を取りつつ、冷静に対応を考えながらも、見守ってくれる存在がいないと、気持ちはぐらついて、安定しないようです。「当事者」が外面が良かったりすると、だれに相談しても理解してもらえないこともありますから、ASD、ADHDのことを詳しい人か、相談に乗りなれている人、しっかりした価値観を持ちながら、親身になってくれる人に相談するのがいいようです。と言っても、どうしても、カウンセリングと違って、どこかで、「もう少し努力してみたら」「大丈夫だって、何とかなるって」という気休め程度の言葉が多くなりがちです。理由は、ASD、ADHDのことを考えるのは、どうしても、身近な人が考えることで、「周辺者」が相談しても、「そこまで口出しをしてもいいのだろうか?」というケースが多くなりがちです。具体的にアドバイスがほしいことがたくさんあるのが、ASD、ADHDです。詳しい人に相談したほうが安心できると思います。カウンセリングも相性もありますから、信頼できそうな人を探してみるのも一つの方法です。
 相談に乗ってくれる人が良い人なら、「こうして言ってもらえると、私はうれしいよ」と伝えてみるのも方法です。 「愚痴を聞いてほしいだけ」「具体的なアドバイスをもらえると嬉しいけれど」みたいなやり取りを繰り返して、相談していくしかなさそうです。「当事者」が相談する場合は、相談に乗ってくれる人に、「いつも、相談に乗ってくれて、ありがとう」「こんなことを言える人は少ないから、あなたがいてくれて、ありがたいよ」など、感謝の気持ちを伝えるのも、忘れずに。

嫌がっているのが分からない

 アスペルガーの「当事者」と「周辺者」の気持ちのずれはよくある話です。アスペルガーの「当事者」は、はっきりと嫌だと言われても、「私がそうしたいから、このままでいいよね」と続けようとします。これを、何度も何度も繰り返すと、「周辺者」は、「???」と思うだけです。
 
 嫌だと言われても、その後、会話を続けると、「許してもらえたんだ」と勝手に勘違いしてしまうようです。怒る態度を続けることは、周りの人にも影響があるため、表面上、怒らないようにしているだけなのに、謝ることが必要だという部分が分からないらしく、そのままにしてしまうようです。この部分をどうしたらいいかというと、「周辺者」が、怒らず、パニックを起こさないように、言葉を選びつつ、はっきりと、状況を説明します。メリット、デメリットを交えて説明するとわかる「当事者」もいるそうです。「それを選ぶと、こういうデメリットが起きる」「こういう方法だと今後につながる」など、そういうことを一つ一つ教えていく必要があるようですが、トラブル続きで、心が離れ気味な「周辺者」は、アスペルガーのことを調べたくないし、かかわりたくないので、やりたくないのなら、無理をしないほうがいいと思います。「周辺者」が教えたいのか、教える気持ちすらなくなっているのかで決めるしかなさそうです。
 トラブルの質によっては、取り返せないものもあります。相手の気持ちが落ち着けば、謝罪が必要ないと思い込んでいる「当事者」も多いようなので、驚きました。トラブルを繰り返す人が、さらにトラブルを起こし、謝罪もしてないままだと、相手の気持ちは、「また、やったんだ」と思ってしまうようです。許してくれる人だけを選んで付き合うということができればいいですが、そういうわけにはいかないので、「当事者」は、謝罪の仕方を教えてくれそうな人を確保して、相談できるようにしておく方が安心だと思います。「周辺者」は、教えてもいいと思う関係の人であれば、時間をかけて、説明してあげてもいいかもしれません。「そこまでしたくないよ」という相手もいますから、そこは様子を見て判断したほうがよさそうです。助けると、ずっと、依存されるケースもありますから、そこもほどほどに。

譲らない、謝らない理由

 アスペルガーの場合は、問題があって、アスペルガーの「当事者」が原因になっていると、一般的に思われても、言い張ったり、謝らないケースがとても多いです。それが何度も続くため、そのうち、嫌がられて、かかわるのを極力減らされてしまうことも多いようです。
 理由は、色々な可能性があるようですが、紹介されていたものを羅列します。

・そもそも、何が理由かわからない
 アスペルガーの「当事者」は概念が分かってないことも多いです。全体を見ることができなかったり、何が正しいかわからない場合も多いからです。怒っている理由を聞くのも怖く、そのまま逃げることもあるようです。

・自分が正しいと思っている。
 自分のこだわりを、周りの人は理解しているものと勘違いしたまま、大人になっているケースもあります。それ以外に自分の意見が、なぜ通らないのかわからない場合もあります。自分の行動は、自分だけの範囲で考えてはいけないということもわからないこともあるようです。影響を考えて行動しなければいけないということを教わっても理解できずに大人になっていたりするのもあるようです。

・問題があったり、怒られたりしても気づいていない。
 相手の表情を見ていないことも多いようです。影響も考えることはできない場合もあります。気づかないというより、気づけないようです。

・記憶が違っている。
 短期の記憶が飛ぶ人もいるようです。それ以外に細部にこだわって、事実を変えてしまうケースもあり。

・相手の言葉の意味を間違えた。
 なんでも真に受けるため、言葉を額面通りに受け止めて、その通りにしてしまう。「お前なんて、出ていけ」と怒られた場合、本当に出ていけば、「こいつは、反省していない」と思われることに気づけない。日本語の微妙な言い回しが理解できないから。

・パニックを起こして、何が何だか分からなくなるから。
 パニックを起こすと、そこから思考が停止するようです。パニック後に記憶が戻らないこともあるようです。

・ほかの人が謝ったから、その人が全部悪いと思い込む。
 大人のコミュニケーションとして、自分が悪くない範囲も含めて、謝った方がいい場合のケースを真に受けて、「謝っている人が全て悪い」と勘違いするから。

 ADHDの場合

・衝動を抑えられない。
 一般的な感覚はわかっているケースも多いようですが、それよりも衝動が抑えられないから。

・相手があまりに自分を注意するから。
 自分にあまりに注意されると、なんで注意されないといけないんだと反発するようです。相手だって悪い部分があるのに、なぜ、自分だけ怒られるのかと理不尽に思うから。

・ほかの人が謝罪した場合、そのままでいいと勘違いする。
 人間関係を円滑にする場合に、自分の範囲以外も謝罪するケースは大人になるとありますが、それなら「あの人が全部謝るなら、私まで謝らなくてもいい」と勘違いするケースもあるようです。

・相手の態度に気づけない。
 一つのことに集中しすぎて、相手の態度に気づけないことも多いようです。そのため、タイミングを逃してしまい、それが続くと嫌がられてしまいやすいようです。

・ 忘れっぽい
 ワーキングメモリーの働きにより、忘れてしまい、ミスが多いため、それを繰り返しても、自分が忘れているから、相手も忘れていると勘違いするため。

・思ったことを口にするけれど、影響は考えてない。
 思ったことを口にしても、相手の表情に気づかないから、相手がムッとして、怒っていても、流してしまうから。

・怒りっぽいから
 ワーキングメモリーの働きの影響で、自分の欲求を伝えるのが下手で、それで、相手が無理解だと勘違いして、イライラするから。

・パニックを起こすから
 ワーキングメモリーの影響なのか、脳の性質か、パニックを起こしやすいらしく、そのため、かんしゃくを起こす、いじける、記憶が飛ぶ、記憶が支離滅裂になるから。

・我慢をするということを小さいころからしたことがないから
 育った環境と、本人の性格もあり、どれだけ注意されてもマイペースで育った場合は、怒られると反発したまま大人になっているケースもあり。

・思い込んでしまっているから。
 相手が説明しても、聞いてないし、自分が思い込んだ情報が「絶対だ!!」と思ったら、それを主張し続ける。それが間違っていても、とにかく、相手が悪いと思ってしまうから。

「受容しない人」を待つかどうか

 アスペルガー、ADHDのことを受け止められない人、一応、受け止めても、何もしない人もいます。そういう当事者に対して、どうしたらいいのかで、悩むと思います。
 色々と調べましたが、ほとんど一致してます。

「障害を受け止めて、がんばってやっていこうとする人にはサポートをする」
「そうじゃない方は、臨機応変に様子を見る」
「まったく受け止めず、誰かのせいにしたり、相手に過保護を求めたり、金銭的援助を求めすぎたり、という障害に胡坐ををかくような態度の人は助けないほうがいい

というものです。→「依存症ならお医者さんへ」へ
 アスペルガー、ADHDの症状を受け止めきれないのは、だれでもあります。腐ってしまいやすいのもありますが、その状態で、「別にいいじゃないか。お前が代わりにやってくれたらいい」なんて人に対しては、「寛容にしてはいけない」何も知ろうとしない、何もやろうとしない、相手には求めるけれど、自分には「どうせ、できないんだから、最初からやっても無駄」「お前が全てをサポートすればいい」という人だと、限界が来るので、「最初から、助けてはいけない」そういうものが多かったです。
 
 そういう人の場合は、底つき体験をしても、まず、直らないらしく、底つき体験になってから考えるような人だと、少しやっただけで、腐ってしまいやすく、よほどのことがない限りは難しいようです。そこまでの状態でも、待つか、待たないか決めるとき、見捨てるのもよくないことではないかと迷うところですが、 「周辺者」がアスペルガー、ADHDのたくさんの情報を理解して、自分の気持ちを整理した後に、自分なりに結論を出すしかなさそうです。優先されるのは、「周辺者」の気持ちと生活です。「当事者」の範囲と分けて考えたほうがよさそうです。

  頑張ってやっていこうとする場合でも、期待するほどじゃないことは覚悟しないといけないようです。臨機応変のケースの場合は、そのときの状況と「周辺者」の気持ちで考えていくしかなさそうです。→「どのタイプ?」を参考にしてください。

「周辺者」が腐る理由

 「周辺者」が陥りやすい行動をパターン化してみました


「この人、おかしいかも。でも、性格かもしれないし」と「当事者」を見て、行動がちょっとおかしくても、そういう性格と思って、流す。

                   ↓
何かのきっかけで、「当事者」がアスペルガー、ADHDだと気づく。

                   ↓
心の葛藤が始まる。嫌だと思い、怒りだし、何かにすがり、悲観して、やがて、それでも、「当事者」はそういう人なのかもしれないと、一応、受け入れ始める。

                   ↓
一応、受け入れ始めたけれど、でも、情報を整理して、「当事者」を照らし合わせて、改めて、「当事者」ができないことがたくさんあることに気づき、なぜ、そうなるかが改めて分かりだす。

                   ↓
やることいっぱい。パンク状態。どれがどれやら収集が付かない。逃げたい、疲れた。でも、見捨てることもできないし、困ったという気持ちになる。

                   ↓
どんなに働きかけても、限界がある「当事者」に、言葉に気を使いながらの説明したり、フォローしたり、「私がなんで、ここまでしないといけないのだろう?」と余裕が無くなってくる。

                   ↓
助けても、フォローしても、「当事者」は落ち込んだり、怒りだしたり、「私だって、泣きたいよ」と弱音が吐けず、嫌になる。

                   ↓
私と同じ立場の人は、もっと楽をしていたりして、自分の作業に集中したいのに、疲れてしまう。

                   ↓
あれこれ考えすぎていた。「当事者」ができないことを見つめてもしょうがない。できることを探していこう。できない範囲は、どうするかはゆっくり決めていこう。気長にコツコツ、それなりにできたら、それでいい。


 ざっと、思いつくだけ挙げてみましたが、もっと、色々なことが起きるかもしれません。「当事者」と違って、「周辺者」は弱音を「当事者」には向けられない事情があり、そこは大変になります。そこを緩和するには、自分の理解者と味方を複数に持っておくと、心のリセットがしやすいそうです。「当事者」とは違うので、そこは、言葉での伝え方は工夫は必要ありませんが、理解してもらう人の人選は気を付けたほうがよさそうです。そういうことを吐きづらい性格、もしくは理解してくれる人がいない場合は、発達障害者支援センターに相談して、カウンセリングを受けたほうが、安心です。自助会に参加してみたり、サイトに書き込んでみたりして、心のリセットを図って、煮詰まらないようにした方が、気持ちが腐りにくいようです。

「当事者」が腐る理由

 アスペルガー、ADHDの「当事者」が陥りやすいパターンを考えてみました。

トラブルが多くて、「なんで、俺だけ?」「怒られるようなことをしてないけどな」と長年、思い続ける。

                ↓
何かのきっかけで、アスペルガー、ADHDではないかと疑い出す

                ↓
心の葛藤が始まる。受け止めるまで、嫌がり、怒りだし、何かにすがり、悲観し、それでも、そういう自分を受け止めて、しょうがないアスペルガー、ADHDかもしれないから、やってみるかという心になるまで時間がかかる

               ↓
一応、やってみようかと思ったけれど、嫌になるぐらい、自分の悪い点を見る作業は、気持ちが下がる。

                ↓
精神科医、カウンセリングの人は、自分のことはわかってくれるけれど、実際に自分が直に触れる人たちは、自分を理解してくれてない。受け入れてくれない。

                ↓
どんなに努力しても、なんで、自分はほかの人と同じつもりなのに、できないのだろう? でも、他の人だってできないことがあるのに、そこはあまり責められないのは不公平だとつくづく嫌になる。

                ↓
努力したって、無駄だな。疲れた。いったい、どうしたらいいんだろう?

                ↓
あれこれ考えすぎていた。できないことを探すより、できることを見つけていこう。ここからも道のりは長いけれど、気長に、それなりにコツコツとやるしかしょうがないんだろう


 「当事者」が腐るポイントはたくさんあるような気がします。その間、「周辺者」に気持ちは向けられません。「周辺者」も疲れてしまうことを把握して、自分の気持ちが下がらないように、理解者と愚痴を聞いてくれる味方が必要になります。「当事者」「周辺者」に助けを求めるにしても、一人だけに集中すると、その人が疲れるので、分散したほうがいいみたいです。理解者を増やすには、普段から、お願いしておくのがいいようです。自分に落ち度はないと思っていても、相手は嫌な場合はたくさんありますが、「当事者」は、そこを判別できないからこそ、トラブルになってしまいます。いやかもしれませんが、円滑に味方になってくれる人、理解を示してくれる人を作るために、謙虚な姿勢で聞いたり頼んだり、普段から感謝の言葉を伝えたほうが、うまくいく可能性は高いようですが、「周辺者」によっては、その気持ちにこたえてくれない人もいます。応えてくれる人を気長に見つけて動いていく方法を取るようです。
 味方になってくれる人、理解をしてくれる人がそばにいなかったり、弱音が吐きづらい場合は、発達障害者支援センターに相談してみたらいいと思います。

「当事者」「周辺者」用のシミュレーション

 アスペルガー、ADHDの症状を調べるのは、とても苦労します。理由は、個人差がありすぎることと、「周辺者」では脳の性質が違うため、理解に苦しむからだと思います。さらに、性格から来るトラブルも含まれているとごちゃごちゃになります。
 アスペルガー、ADHDの多数の「当事者」に触れているお仕事をされている方の情報が、少ないからだと思います。理由は、差別につながったり、偏ったものにならないように気を遣うから、細かい情報を発信しづらいからかもしれません。
 統計を取ってもらったうえで、実際の数を把握して、「当事者」の生の声を集め、多数の「当事者」に触れるお仕事をされている方の意見をまとめた本や資料を作ってほしいと、切に願っています。
 シミュレーションを探しながら、情報を整理している途中ですが、そういうものが少ない。トラブルを大まかに述べて、相談しているサイトとか、「当事者」「周辺者」の実際のトラブルと対応方法を一つ一つ、探す作業は、ちょっと大変です。自分の身に降りかかったトラブルの部分だけ探してしますが、それだけでも、膨大な量に上ります。

 偏見など、差別につながる場合もあるため、登録サイトでもいいので、そこで情報を集め、シミュレーションの動画を発信してくれると、ありがたいですが、そういうのも、まだまだのようです。発達障害支援のジョブコーチの日常バージョンの動画を見たいと思う「周辺者」は多いのではないかと思います。そういう情報が安全に安心に共有できる状態になればいいなと思っています。
 

専門家に相談する場合

 アスペルガーの場合は診断が難しく、地域の発達障害者支援センターに相談して紹介してもらった方がいいようです。というのも、アスペルガーの症状に詳しい精神科医は限られるそうです。大人の場合は、精神科医が診断をするようです。ただし、地域のアスペルガーに詳しい精神科医の数は少なく、数か月待ちが多いようです。さらに診断まで数か月かかるようです。
 地域によっては、発達障害者支援センターでのケアが違ってくるそうです。同じ症状で悩んでおられる方の集まりがあったり、就労支援、就労訓練などが受けられるようです。

  精神科医は、薬の処方ができますが、大人のアスペルガーの根治のための薬はないそうです。興奮、パニック、抑うつ状態の改善のお薬が出される場合があるようです。日常生活で、不安が多く、認知療法などのカウンセリング勧められるケースもあるようで、その場合は、心理学を学んだカウンセラーのほうが得意分野になるようです。発達障害者支援センターに相談するのがいいようです。

 ADHDの場合も診断が難しく、地域の発達障害者支援センターで、ADHDの症状に詳しい精神科医の紹介を受けたほうが安心です。受診と診断が下りるまで時間がかかるのは同じのようです。
 投薬は、大人のADHDの場合でも、ありますが、自分できちんと調べてみてから、よく相談したほうがよさそうです。

タイプに分かれているけれど

 アスペルガー、ADHDは、タイプに分かれて紹介されていますが、混在した状態の人もいるそうです。ADHDは混合型が一説によると6割を超えるそうです。アスペルガーは、成長過程で子供の時までに孤立→受動→積極奇異と変遷を経て、積極奇異型に移行するらしく、それが、状況によって、孤立に戻ったり、受動に戻ったりするという説が多かったですが、成長過程で移行されないまま止まると書かれているものもありました。
 
 混在していると、状況やその場にいる人によって、積極的になったり、受動的になったり、衝動的だったり、不注意が多かったりすることもあるそうです。
 反対される、反発される人が多い場所と、賛同してくれる人、甘えさせてくれる人がいると変わるなんてことは、一般的な行動をする「周辺者」でも、よくあることなので、そういうことなのかもしれません。

 そして、合併症があります。アスペルガーとADHDとの併発は多いそうです。ほかの症状との合併も多く、「専門家」でも、診断が難しいそうです。気になった症状を見て、自分に合った方法を見つけるのがよさそうです。

怒りたいけど、怒っちゃいけないのはつらい

 怒りたくなるようなことを数々する、アスペルガーとADHD。本人が悪気がない、無意識だと気づくまで、さすがにあきれることの数々。失敗したら人のせいにして、でも、相手が失敗したら、怒り出す。そんなトラブルが続いた後に、あとから発覚すると、数々のイライラ、トラブル体験を引きずったままだとつらいですが、それでも、「また、やったの?」と言いたくなります。突然、アスペルガーだからとカミングアウトされると、無意識でやっている。脳の性質で止められない。じゃあ、「周辺者」は、今までのイライラと、これからのイライラは、どこへやったらいいの? という状態です。
 無意識でやっているとはいえ、「周辺者」は嫌なものです。どうしても、我慢できないケースはできるだけ、気持ちだけでも距離を取った方がいいというものばかり。「当事者」が自覚がないケースは、ほとんどそれでした。「ずっと我慢したほうがいいよ」というものがほとんどなかった。ただ、当事者が少しは自覚してきたケースだと、「悪気がないんだし」というものと、「でも、イライラするよね。なんで、私がこんなことをやるのかなあ?」というものに分かれます。悪気がなくても嫌だというものが多く、「周辺者」は怒ってはいけないけれど、怒りたくなる気もちは、どこに吐き出せばいいのかと、インターネットの書き込みをいくつも見つけました。

 「当事者」のほうも、「がんばっているのだから、大目に見てほしい」という意見が多数。当事者がカミングアウトして、「周辺者」が受け入れて、という状態が自然に作れる環境づくりは、行政からやっていかないと難しいような気がします。そういう時代が来るといいなあ。

助けられなくなる理由

 「面倒だから」というのが一番の理由じゃないかと思います。アスペルガー、ADHDの症状を知っている場合と知らない人の場合は理由が違ってくるようです。

症状を知らない人の場合・・・何度言っても、説明を理解しないため、意思の疎通がはかれず、しかも間違った解釈によって、やり直さないといけなくなり、結局、カバーが最初から必要となり、手間が何十倍とかかるため、嫌になってくるから。

症状を知っている人の場合・・・何度も説明をしても、間違った解釈から、さらに説明を繰り返さないといけない。自分がやった方が早いけれど、本人ができるようにサポートしていくにしても、時間の制約がある。自分もやることがあるのに、「なぜ、他の大人と同じぐらいにできないのだろうか? 」とつい、言いたくなる時があるから。助け続けていたら、自分の時間がものすごく取られる上に、限がないから。それを何度も何度も繰り返していると、なぜ、自分がこれをし続けないといけないのか、訳が分からなくなってくる。

 時間の制約もあり、意思の疎通を図るだけで、ものすごく時間と手間がかかり、さらにフォローが必要になるけれど、感謝の言葉を言ってもらえるわけじゃなくて、自分のほうがなじられたり、中には「当事者」が被害者ぶってしまい、ついていけなくなる。アスペルガー、ADHDとはいえ、大人になっているから、「大人の人になぜ、自分が教えないといけないのだろう?」と思ってしまいやすく、教えないといけないことが多すぎて、嫌になり、「当事者」は余裕がなく、「周辺者」のほうが対応を考えなければいかず、判断も人の分までしないといけなくなり、負担が大きいから。 
 アスペルガー、ADHDは外見上、見分けがつかず、子供の時に発見されていないと、そのまま大人になっているケースがあまりに多く、「当事者」ができないことをやっているケースが多くなる。その近くにいる「周辺者」は、負担が多くなりがちだから。

 場所によって、症状が出やすいところもあり、仕事の場では症状が出にくい、けれど、家庭、友達などの場合は、気を抜いているため、出てしまうケースも多いそうです。

アスペルガーも依存する?

 共依存になりやすいと言われているアスペルガーとADHD。両方とも、怒られる回数が半端ない場合に起こるらしい。しかも、変化を嫌うために、人が離れてしまうというのも怖いらしく、そのため、思い通りにならないと癇癪を起したり、攻撃的な言葉を使って、相手を自分の思い通りにしようとするケースもあるらしく、それらはすべて、相手の気持ちがわからないから、距離感が分からないかららしい。
 小さいころから、何が悪いかわからないため、子供の時に、両親から、適切に感情の処理の手伝いをされていないケースもあるらしい。理由は遺伝のために親もアスペルガー、ADHDのケース。そうなると、お互いに、相手が合わせてほしい。余裕なし。相手に興味なしで、会話していても、お互いに一方通行で、意思の疎通は図れない。
 恋人ができたりすると、離れられると不安に思うらしく、それが、時にストーカーぽく見えるケースもあるらしく、そういう部分で自分の症状を説明してくれる人が、小さいころから、必要です。大人になってから、注意してくれる人はめったにいないけれど、注意されると逃げる。自分のために叱ってくれているとは思わないらしく、注意されたら、「何、この人? 私が正しいのに、何言ってるの?」と思ってしまうこともあるらしい。親がそういうことで叱ったことがないということも多いらしく、それで、家族以外の人から、反発を食らうことも多いらしいです。

 共依存の関係は、あまり適切とは言えず、とはいえ、日本は、どこかで、依存しあっている家族構成になっています。両方が自立していて、大人の関係で、お互いの意見をしっかり持っていて、親もしっかりとした意見がありなんて、知的階級なら別だけれど、そんな家族はめったにいない。 奥さんになんでもやってもらう。旦那さんが頑張って、色々とやっている。ケースも多いです。アスペルガーの依存と違うのは、持ちつ持たれつだから。アスペルガーは距離感がつかめないため、持たれても、持たない。会話も一方通行になるのは、アスペルガーの積極奇異型や、衝動多動性優位のADHD。共依存もあったら、とても、大変になります。ある程度の距離を持ちながら、自分のペースを崩さずに助ける程度にしないと、難しいかもしれません。

「周辺者」が耐えられなくなる理由

 注意しても聞かない、感謝してもらえるわけじゃない、いちいち説明が必要になる、フォローの数は半端ない、終わりが見えない、そういう状態が続くと、自分が疲れていて、気持ちに余裕が無くなったら、さすがに、「やっていられない」そういう気持ちになりやすいようです。そんなとき、自分の見える範囲で、似たような地位の人が、自分より幸せそうな話題を会話にしていたらさすがに見ていられないし、幸せそうに見える人が近くにいたらうらやましくなる。

 感謝や優しい言葉を言われたことがない。そういう書き込みが意外と多いようです。理由は、「そういうことが必要と分からないから」らしい。謝罪の言葉がないばかりか、言い張る、相手が悪い、状況が悪い、などばかり言って、話し合いすら難しい。そういうことばかりが続く場合もあるようです。
 アスペルガーであることを「受容」していても、していなくても、こういうことは続くそうです。ただ、アスペルガーの受動型の場合は、感謝してくれることもあるので、こういう場合は実際は、ただの不思議な解釈をする人、天然ボケと思われているケースもあるらしく、アスペルガーと周囲も当人も気づかない。気づかれるのは、症状が分かりやすい人。積極奇異型が多いそうです。孤立型は、会話が少ないため、人付き合いの悪い無口な人と認識されている場合があるため、よほど、何度も共同作業をしなければ、わからないらしい。近くの人しか知られていないようです。
 だから、インターネットで書き込まれているケースは、積極奇異型が多くなるらしい。個人差が大きく、症状もわかりづらく、身近な人が困ってしまうことが多く、そこに属していない人が聞いても、わからないため、「周辺者」の気持ちを理解してもらえないため、「周辺者」が疲弊してしまうようです。一人で対応をしないといけないケースだと、さすがに煮詰まるらしく、それで、耐えられなくなるようです。配偶者だとカサンドラ症候群になってしまうケースも多い。理由は、何かと決めないといけないことがあるのに、相手がアスペルガーだと決めることができないから。もめやすくなり、しかも「お前が悪い」と強く主張しがちな積極奇異型も多いらしく、それだと、いつまで経っても限がない。
 パワハラめいたことばかりされたり、やさしい言葉がなさ過ぎて、味気なかったりして、コミュニケーションを求める関係がほしい場合は、距離を取るしかないと書かれてあるものが、とても多いです。 

最後まで謝罪できない人もいる

 アスペルガー、ADHDの症状が出ていることに気づく前に、性格の問題だと勘違いして、ものすごく年月が経っている場合、すぐには切り替えられません。そして、どうしても、「相手が直ってくれたら」「謝ってくれたら」気持ちが楽になれるのにと考えてしまいますが、どうやっても、謝罪できない人もいます。「受容」段階に到達しない人たちに、変わってほしいと望むことはあきらめたほうがよさそうです。

親だったら・・・生まれてから優しい言葉、やさしくされる行為を、どうしても期待してしまいます。よその親と比べるということも何度もしてしまいがち。そこで、アスペルガー、ADHDかもしれないとわかったら、絶望感が出てしまいやすい。でも、親だから、それでも、もしかしたら、変わってくれるかも、いつかは優しくしてくれるかもと、どうしても期待してしまう。
 親の場合は、トラブル、金銭問題がひどい状態、パワハラな言葉が続く、やさしくない態度に耐えられない、など、子供が耐えられない場合は、自立を促す意見が多いようです。

配偶者だったら・・友達や同僚との会話に、配偶者の話題はどこでも出てきて、比べてしまいやすい。普段は気にしなくても、自分が疲れていたり、気持ちに余裕がなければ、「もっと、普通のやり取りがしたい」「普通の会話がしたい」と相手に期待してしまうこともあります。

 「当事者」が「謝ってくれたら」という「周辺者」の意見も多いようですが、「当事者」は、「謝る必要がない」「何を謝ったらいいの?」と思ってしまう人も多いです。脳の性質ですから、自分の状況に納得しなければ、心からの謝罪はありません。アスペルガーの受動型の場合は、相手に合わせるので、誠実な人を参考にしていたら、謝ってくれることも多いかもしれません。
 
「周辺者」は、自分が期待していることは、難しいことを自分で受け入れていくしかなさそうです。

概念から説明が必要

 アスペルガーの受動型は、素直な人が多いそうです。自分から発信せず、相手に合わせるため、何かを言われると、染まりやすいらしく、合わせる人が良い人ならいいですが、悪い例を真似するケースもあるため、注意が必要です。
 「それをするのは、間違っている」と説明しても、なかなか理解ができないらしく、大変です。説明は、ものすごく時間がかかります。 一般的な説明で理解できる「周辺者」の場合は、大人になっていたら、説明は少なめになります。相手からの説明を受けて「わかった?」と聞かれると、ある程度、わかっていたら、聞き返さないし、「わからない部分もあるかもしれないけれど、とりあえずやってみるね。わからなかったら、聞きに行くから、よろしく」という、「周辺者」も多いですが、アスペルガーの受動型は、何も発信しません。わかったのか、わからないのか、本人もわからないそうです。そのため、ミスが多い場合は、「周辺者」は、時々、チェックする必要があります。

 アスペルガーは、受動型は空気は読めるそうです。でも、概念はわかっていません。積極奇異型は、空気も読めないし、概念もわかっていない。孤立型は、他人に興味はないし、概念もわからないし、聞くとこじれるのが怖いそうです。
 アスペルガーの場合は、細かい事情まで説明が必要なケースがたくさんあります。前に経験したことと違う部分があるのなら、そこの補足だけでよさそうに思えますが、前のことを忘れている場合も多いそうです。時系列で考えられないため、思い出してもらうためにも、それまでの経緯なども含めて、時間が許す限りは説明したほうが安全のようです。ただし、相手が聞く耳を持っている場合に限ります。
 積極奇異型は、一方的なコミュニケーションが多いので、「受容」段階まで到達していなければ、説明しても難しいそうです。受動型は、説明すれば、聞いているけれど、理解できないこともあるそうです。何度か、チェックをして、修正しながら進めたほうが安全のようです。
 孤立型の場合は、傷つかないように、やんわりと、徐々に教えたほうが、「当事者」が安心するようです。説明は、理解ができるまで何度もした方が安全です。

食事療法

 決定的な治療方法はないそうですが、食事などで、少しは改善されたという記事もいくつかありました。

 たいていは、基本的な食事を大切にして、化学調味料、合成添加物はダメ、青魚、豆類、野菜を多く採る。トランス脂肪酸の油は極力避ける。ビタミンとミネラルを十分に採る。腸内環境を整える。というもの。つまり、他の健康になるための食事方法と同じです。

 油に関しては、 DHA・EPAのオメガ3脂肪酸が脳に良いため、それが紹介されていることが多いです。イワシやサバ、ナッツ類がいいみたいです。

 ミネラルに関しては、天然のだしが良いとか、海藻類もよさそうです。

 チョコレートが良いというのも見かけました。健康に良いと言われている食材ばかりです。取り入れるのもいいかもしれません。

 アスペルガーは、オキシトシンが足りないと言われているようです。ADHDは、ドーパミン、セロトニンが足りないと言われているようです。
 アロマでは、ドーパミンは、柑橘系、ローズマリー、ゲラニオールの含まれているものが紹介されていました。ゲラニオールが含まれているのは、ローズゼラニウム、パルマローザ、シトロネラなどです。
 セロトニンは、酢酸りナリルが含まれているものが紹介されていました。ラベンダー、ベルガモット、クラリセージなどです。

 

「当事者」に期待しない

 アスペルガー、ADHDの症状が出ている「当事者」は、社会適応を、「別にしなくてもいい」と思っているも人も多いようです。自分の症状に「気づいていない」「気づいているけれど、周りが合わせてくれる」「周りがカバーしてくれるから、それでいい」と思って行動している場合は、「周辺者」のほうが疲弊しています。
 アスペルガーの受動型、ADHDの不注意優位型の人に多く見られるようですが、「何とか、社会適応したいと思っている。でも、どうしていいかわからない。社会適応ができない」というケースもあります。この場合は、「当事者」が疲弊しています。
 どちらにしても、「当事者」は余裕がありません。対応を考えていくのも、どうするか決めていくのも、「周辺者」が主体になるようです。だから、「当事者」に期待しないほうがいいと書かれているものが多いです。できない「当事者」をあきらめて、「周辺者」がカバーするにしても、限度があるので、その辺も「周辺者」が状況によって決めていくしかなさそうです。

 「受容」ができるようになっていても、その到達状況は、個人差があります。謝ってくれる状態になっている人もいれば、自分の状態を受け入れても、何かあれば、すぐにおろおろしてしまう人もいます。相手が、一般的なことはできない状態のままは続きます。「もう少し、変わってくれれば」という期待は、ことごとく裏切られることが続く場合が多いです。
 「周辺者」ができることは「当事者」は、どうやってもできないことも多いです。「周辺者」の周りにいる人と比べるとつらくなります。「当事者」に期待しないで、自分でできる範囲のことをやり、周りと比べない。ほどほどにと考えたほうが気持ちが楽になります。

 トラブルの種類によって違いますが、トラブルをあらかじめ想定して、周辺者は動いておいた方が安全です。一度でもあったトラブルなら、ルーズリーフに印刷して危機管理マニュアルを作っておくのも一つの手です。

人の振り見て我が振り直さない

 社会スキルの身に着け方は、色々あります。

・親、教師、兄弟、友達、先輩に教えてもらう。
・自分が怒られたときに、注意されたことを自分で考えて、自分なりの方法を見つける。
・部活などで、スポーツ、楽器、絵画などの上達方法を、覚えて、他のことに応用してみる。
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・ほかの人がやっていることを真似してみる。
・ほかの人が怒られているケースを見て、自分に置き換えて、考えてみる。

 などなど、他にもいろいろとあると思います。アスペルガー、ADHDは、社会スキルが身につきにくい脳の性質を持っています。いろいろな人に教えてもらっても、正しく伝わらないからです。
 問題なのは、他の人がやっていることを真似したり、置き換えたりするケース。ここを、見てないことが多いです。アスペルガー、ADHDの両方とも、他人に興味を示さないことが多いからです。
 真似しても、状況に合わせることがアスペルガーはできなかったりします。意外と多いのが、他の人が怒られているのを見て、自分に置き換えて「俺は、あれは真似しないほうがいいな」「あそこは参考にしたい」と言う方法。これを、アスペルガーは自分に置き換えられないからわかりません。ほかの人が怒られていても気にしなかったりします。アスペルガー、ADHDは自己流になりがちです。芸術、スポーツ関係でとびぬけた才能を発揮することもありますが、「ちょっと変わってる」と思われるケースも多いそうです。

 社会スキルが身につかず、成長スピードが遅くなるのは、自分が怒られる回数が多くて、注意される機会は多いけれど、適切な指導を受けないとトラブルが続くだけになる。他人の真似をすることができないし、真似をしても、状況に合ってない場合も多いから。

 人の振り見て我が振りは直せそうもないみたいです。

外見上は、わからない

 アスペルガー、ADHDの特徴の一つは、外見上は、見分けがつかないことです。そのために、トラブルが多発して、変なことを言っている人がいるけれど、性格的にもめやすい人なのかと勘違いされます。
 今のところ、すぐに見分けがつく方法はなさそうです。「専門家」がじっくり見ても、難しいようです。別の診断名がついていたというケースはいくつもあるようです。
 外見上、わからないと、どんなことが起きるかというと、「周辺者」と見分けがつかないため、トラブルがこじれてから、発見されるケースが多く、その時点で、人間関係で、「周辺者」が疲れ切っている。「当事者」は気づいてない場合と、「俺は、人と、どこが違う」と感じているケースになるようです。
 外見上、わからないため、「周辺者」は、他の障がい者とは、違う扱いをしてしまいやすいです。身体に問題が起きていたり、わかりやすい症状があると、優先してもらえることも多いですし、理解してもらえることも多いですが、外見上に問題がないため、ほかの「周辺者」と同じようにできなければ、嫌がられることも多いです。怒られる回数も多くなります。
 「当事者」も同じで、違いがよくわからず、「なぜ、できないのか?」「性格からなのか?」と誤解してしまいます。
 トラブルがあって、こじれた後に、アスペルガー、ADHDの発覚となっても、なかなか、スムーズに対処を変化しづらく、わかっていても「周辺者」も外見で出てないから、要求が高くなりがちです。話し合えない部分を補うには、「周辺者」がアスペルガー、ADHDの知識を増やすしか、ないそうですが、「そこまでしたくない」という相手もいますから、それは「周辺者」が自分で決めていくしかなさそうです。

主導権は「周辺者」

 アスペルガー症候群、ADHDの「当事者」が決めるとトラブルになりそうなケースは、主導権は、「周辺者」が取った方がいいと思います。「受容しない人もいる」ケースは「主導権」を取るのは難しいと思います。ただ、「受容しない人もいる」というケースほどじゃなくても、「当事者」がアスペルガーの症状から、自分がトラブルの原因になっていることは、少しずつ受け入れつつはあるけれど、でも、合わせたくないという人も多くいるようです。「当事者」は余裕がなく、対応方法を学ばないといけないのは、「周辺者」のほうになります。トラブルを起こすのは、「アスペルガー、ADHDの性質を持っている方なのに、「周辺者」のほうが、学ばないといけないのか?」と、つい、思ってしまいますが、それでも、「当事者」は合わせてくれません。いつまでも言い張るケースも多くなって、面倒になるだけです。
 性格も絡むため、自分で工夫して、やっていくしかなさそうです。その場合は、相性も大切になります。                                                            

 問題になりやすいのは、
「当事者」が、怒りっぽい、不注意がひどい、話を聞いてない、問題があっても流す、などなど。
「周辺者」がフォローが苦手、イライラしやすい、注意の仕方が普段からきつい、周辺者自身がフォローしてもらいたいと思っている人、気づかない、待てない、などなど。

 「当事者」は「周辺者」には合わせられない場合が多いです。主導権は、「周辺者」が握り、注意の仕方などは、「周辺者」が考えないといけなくなります。

 次のケースは、比較的、トラブルは少なくなるかもしれません。
「当事者」がアスペルガーの受動型で、もともと素直だった、がんばって対処しようとする、まじめ。
「周辺者」が注意に慣れている。世話をするのは好きだったりする。どんな相手でもペースが崩されない。気持ちが安定している。
                                                          

 「周辺者」同士でも、相性はあります。「当事者」に無理して合わせる必要はないと思います。できる範囲で、ほどほどを目指したほうがよさそうです。

怒られた原因を確かめない理由

 アスペルガーの「当事者」は、認識の違いから、トラブルが多くなります。コミュニケーションの基本である会話で、意思の疎通がはかれないために起こるケースが多いです。
 けれど、それを何度も繰り返す理由は、「トラブルの原因が複雑で、違うケースだと対応ができない」というものも多いですが、実は、「当事者」が「相手がなんとなく怒っているのは、わかるけれど、さらに怒らせるのが怖いから、とても、聞けない」というのが多いらしい。自分のトラブルの原因を怖くて確かめられないようです。でも、これを続けたら、いつまで経っても、同じトラブルを繰り返してしまいます。子供のうちに、療育を受けられる環境なら、色々なことを教えてもらえるそうですが、大人になってから発覚すると、教えてくれる人は少ない。親切な人が教えてくれても、アスペルガー向けの注意でも、指導でもないため、わからないそうです。なぜなら、分量が多い。指示の量が多すぎて、ついていけないし、聞き返せない。注意の説明もアスペルガーの性質を理解している人でないと難しい。そして、「そのままでいいや」と流してしまうことも多いそうです。積極奇異型だと、人によってははっきりと、しかも、何度もしつこく聞く人もいるそうですが、受動型、孤立型のアスペルガー、もしくはADHDの不注意優位の状態を併発しているケースなどは、聞き返せないそうです。孤立型は、聞くとこじれるのを怖がるため、自己防衛のためです。受動型は、相手に合わせてしまうから、聞きそびれることも多いようです。
 フォローしてくれる人がいたら、自分の性質を正直に言えるでしょうけれど、馬鹿にされる雰囲気になっていたら、自分から「僕は不器用です。説明を聞いても、すぐに呑み込めません。すみませんが、教えてください」とは、言いづらいそうです。もしくは、どういう聞き方をしたらいいのか、わからないというケースもあります。
 周辺者でも、「聞きづらい」ケースは多数ありますが、周辺者は他者に起こっていることを、自分に置き換えて考えることができるため、自分以外の人が叱られる、トラブルになっているケースで学習していくことが可能です。アスペルガーは、自分と他者の違いが分かっていないため、他人が怒られていても無関心になることが多いそうです。

 もしも、アスペルガーとしての自分を受け入れつつあり、対応していこうという気持ちになっていたら、「こういう説明でお願いします」とか、「説明の量を少なめにしてください。ゆっくりにしてください」と自分から言った方がいいということを、「周辺者」が教えてあげたほうがよさそうです。

 怒られそうだから、そのままにしておき、大人になってしまうケースは、アスペルガーの受動型でとても多いそうです。そのため、発見が遅れてしまう。そのままにした場合のリスクを、説明したうえで、少ない分量で、「周辺者」が少しずつ指導してあげられたら、いいかもしれません。

グレーゾーンでも危ない

 アスペルガー、ADHDの症状が軽い人、基準を超えない人をグレーゾーンと言うそうです。アスペルガー、ADHDには、判断基準があります。ただし、それを判定できるのは精神科医になります。でも、精神科医にいきなり相談するのは、ためらいます。それで、調べてみる人がほとんどじゃないかと思います。当てはまらない項目が幾つもあったら、大丈夫かもしれないと思いますが、アスペルガー、ADHDの場合は、基準を超えなくても、症状が軽くても、社会的に適応が著しく困難、トラブルが多いという場合は、相談したほうがいいかもしれません。そして、どうしてトラブルが多いかというと、認知のゆがみがあるからです。一般的な行動、考えとずれるということは、どんな場面でも、どこに行っても、だれと関わっても、間違った認識の行動であって、フォローしてもらえない状況だとトラブルになりやすい。だから、ずっとトラブルだらけのままになる。
 グレーゾーンで、一番困るのは、フォローしてもらえる立場の人が少ない場所。そして、遺伝があるから、アスペルガー、ADHDの症状が出ている「当事者」が複数いる場合です。そういう場合は、グレーゾーンの人も、とりあえず、自分の症状ぐらいは把握しておいた方がよさそうです。ただし、アスペルガー、ADHDの「当事者」はよほどのことがない限り、自分で調べようとは思いません。自分が正しいと思っていたり、相手が合わせてくれると思い込んだり、トラブルだらけでも気楽だったり、誰かにやってもらえばいいと思い込んでいたりで、「周辺者」が負担になっていても、「前はやってくれたから」と押し切る人もいます。なぜかというと、自分の感覚では、「それが正しい」と思い込んでいて、指摘されても、相手が悪いから、違う人に頼めばいいやと流してしまう人もいます。グレーゾーンの状況の人が複数集まると、トラブルは起きやすく、そのままにされるケースも多いようです。

底つき体験後から始めても

 アスペルガーの受動型、ADHDの不注意優勢型の場合は、トラブルは、他のタイプよりは少なめだと言われているようですが、アスペルガー、ADHDの「当事者」は、状況が分かってないまま、「自分が正しい」と思って行動している場合が多いため、底をついて、「周辺者」に愛想をつかされたり、逃げられそうになって、初めて、ことの重大さに気づき、そこから、調べ始めたり、「少しは対応したほうがいいかも」という状態になる場合があります。
 この場合は、「当事者」は、「まだ、大丈夫」と安易だったりしますが、「周辺者」は、「もう、付き合いきれない」となっており、温度差がものすごくあったりします。温度差が開いていれば開くほど、修復に時間がかかるし、難しくなります。
 こういう時は、「周辺者」は、かかわりたくなかったり、ものすごく怒っていて、会話をしたいと思える状態じゃなかったり、一番ひどいと。「当事者」に無関心で、何を聞いても「勝手にすれば」と突き放されたりした状態になっています。でも、アスペルガー、ADHDの「当事者」は、訳が分からないと思います。「今まで、大丈夫だったのに、なぜ?」と思ってしまうケースもあります。理由は、記憶に関係があります。時系列で考えることが苦手で、情報整理も苦手な脳の性質から、都合が悪いことを忘れている場合も多く、もしくは不思議な解釈で、自分本位な記憶にすり替わっていたりします。「周辺者」の多くは、ある程度のことは流れとして把握しています。前の失敗を、少しは覚えています。繰り返されると、「また、なのか」「どうせ、今度も無理だろう」と思っていたり、さらに最悪な「付き合いきれない」「かかわりたくない」「勝手にすれば」の状態からの修復は、アスペルガー、ADHDの性質を持たない一般の人でも、難しいので、「当事者」は、とても、難しいことをしないといけないことになります。ただし、時間が経てば、ある程度のことは、いつまでも怒ってもしょうがないし、少しは関わってもいいかもという気持ちになってくれる「周辺者」もいます。それはトラブルの質や状況、「周辺者」の性格によって違ってきます。

 「当事者」がまずやることは、自分の症状を知ること。「専門家」に頼ってみたり、自分で調べたり、それから、「周辺者」が何を怒っているのか分かってきたら、謝ってみたり、自分がアスペルガー、ADHDのことを取り組む姿勢を見せたり、「がんばっていくから、もう一度、チャンスがほしい」と言ったり、「無意識だったけれど、君に嫌な気持ちにさせて、ごめん」と謝ってみたり、そういうことをした方が可能性はあります。ただし、アスペルガー、ADHDは、自分では、「何をしたらいいの?」「わからない」という人が多いと思います。状況がひどい場合は、やはり「専門家」を頼った方が安心だと思います。

 「周辺者」は底つき体験までいっていて、愛想が尽きて、それで、「当事者」が頑張っていても、半信半疑になるかと思います。しばらく様子を見ながら、自分の気持ちに無理をせず、ゆっくりと考えていけばいいのかもしれません。

心が離れている場合

 「それなりにできたらいいと考えながら対応する」か「距離を取りつつ様子を見る」というのが、アスペルガー、ADHDの「周辺者」の心境になるかと思いますが、トラブルの回数が多すぎて、対応が仕切れなくなったり、、「当事者」の言葉が冷たかったり、行動がありえないほどひどかったりしたら、「周辺者」の心は、疲れてきて、やがて、愛想が尽きて、決定的な何かがあったり、嫌なことの積み重ねで心が折れ切ってしまったりすることもあると思います。愛想をつかすタイミングは、その人ならではではないかと思いますが、「周辺者」の心が離れている場合は、取り組むということがそもそもできないと思います。いったん、自分のことに集中して、できる限り、そのことから離れたほうがいいのかもしれません。
 愛想をつかしていたり、「カサンドラ症候群」が長引いていたら、どうやっても、難しいと思います。いったん、完全に気持ちを切ってからじゃないと、難しい場合は、心を切り離して、自然に心が落ち着くのを待ち、前のことを考えても大丈夫な状態になってから判断してみると、前よりは冷静に、物事が見られる状態になっていることもあります。そのうえで、やっぱり「ついていけない」「そばにいられない」「何かをしてあげたいと思わない」という気持ちなら、難しいと思います。それぐらい、とても、難しい問題だと思います。

 「当事者」が謝ってくれることはなさそうだと思う場合、「最後まで謝罪しない人もいる」へ
 気持ちがリセットできない場合、「リセットできない場合」へ

  どうしても、気持ちが取り組めないのなら、早急に考えないといけないようなトラブルの応急処置だけ考えて、それ以外は臨機応変に対応していくしかなさそうです。

嘘のつき方が違う

 心の理論というのがあります。自分と他者の違いについて、徐々にわかってくる状態です。でも、アスペルガーだと、ここがわからない状態のままのようです。「当事者」はそもそも「周辺者」の感覚を、周りから指摘を受けて、会社の診断に引っかかって、仕事でのトラブルから、知ることになりますが、でも、自分の感覚ですから、「他の人とどう違うの?」が理解できないそうです。自分の脳で起きていることが、他の人でも同じだと錯覚してしまうところから、脳がスタートしているかららしいです。自分と他者の違いに気づくのは、3歳は、まだむりで、4歳ごろかららしいです。個人差があり、5歳ぐらいから、はっきりとわかりだし、10歳でサリーとアンの問題は「周辺者」は解けるらしい。
 よって、嘘のつき方が、三歳児、5歳児、10歳児と違うそうです。すぐにわかる嘘をつくのが3歳児。おやつを目の前に出されて、我慢するように三歳児に言ったら、おやつを食べない三歳児もいるようですが、食べちゃった三歳児の言い訳が、「宇宙人が来て、食べちゃった」というかわいいけど、突拍子のない嘘をついてしまう場合があります。五歳児は、そこで、「他の人がやってきて、持って行った」「他の人が食べてしまって、今はいない」すぐにはばれない嘘をつけるようになるそうです。10歳になると、もっと手の込んだ嘘がつけるらしいです。

 アスペルガーの症状のある身近な人が、この三歳児の言い訳を繰り返していました。本人は真剣でした。もう一人は、五歳児の言い訳をしてました。「周辺者」からすると「見苦しい言い訳」に過ぎないため、さすがについていけませんでした。アスペルガーだとわかってからも、不思議すぎて、わかりません。ただ、本人は、嘘をついているというよりは自己防衛で、悪いこととは気づいていないようです。「周辺者」が嘘をつく場合は、10歳児の嘘をつけるようになっています。時と場合によっては嘘も方便的な方法で、会話を乗り切る場合もあります。
 アスペルガーの「当事者」が、言い張るときに三歳児、5歳児の言い訳をしていたら、どう指摘したらいいのかわかりません。アスペルガーの「当事者」は、「自分が正しい」と思っており、認知のゆがみがあります。認知のゆがみを取る方法としては、「認知療法」がありますが、「大変だったね」と共感しながら、「わかるわかる」と理解を示しつつ、「でも、相手はこうやって思っているかもしれないね」「違う方法もあるけれど、どう思う?」と認知のゆがみを一つ一つ取り除くそうです。それを一つ一つやっていたら、「周辺者」は、ものすごく大変になります。どこまでやるかは、時間と状況を見て、「当事者」の様子を見て、「周辺者」の気持ちで考えていくしかなさそうです。

ファミリーカウンセリング

 もしも、精神科医、カウンセラーなどの「専門家」に受診するのなら、時間が許されるのなら、ファミリーカウンセリングのほうがいいそうです。理由は、アスペルガー、ADHDの「当事者」が「専門家」に説明すると、正しい情報が伝わらないかららしいです。自分の側から見た情報を、「専門家」に伝えても、自分が困っている部分に関しては、アドバイスがもらえるかもしれませんが、家族での問題も抱えているのなら、子供にまで症状が出ているのなら、そのほうがいいそうです。
 問題なのは、友人とか同僚とか、親族とかの場合で、本人に自覚がない場合。この場合は、カウンセリングに「当事者」は行きませんから、「周辺者」が行くわけにはいかず、「周辺者」が自分で対処を考えていかないといけない。嫌だとはっきり言っても、「まだ、話しかけてくる」のが、アスペルガーの積極奇異型に多いそうです。どんなに言ってもわかってもらえないようですから、自分のペースで動いたほうがよさそうです。受け身型、孤立型は、はっきり言われると傷つきやすい人もいますから、相手に合わせて、伝え方を考えないといけないようです。

タイプの移行

 アスペルガーは、子供のとき、孤立→受動→積極奇異とタイプが移行していくらしい。大人になった時の孤立型、受動型のアスペルガーは、途中で、止まってしまい、孤立、受動のままなのか、一度、積極奇異型に移行してから、挫折経験から孤立したり、受動したりするのかは、諸説あるようです。

 受動型、孤立型の場合は、トラブルの数は少なくなります。自己主張が少ないからです。反対に、積極奇異型は、自分からどんどん、距離感もいきなり詰めて話しかけてくるため、トラブルメーカーになりやすいそうです。インターネットなどでの、「困った人がいて」のケースは、積極奇異型が多いように、感じられます。

 こういう部分が解明されないのは、とても、難しい問題のため、小学校の低学年で、「専門家」が全国規模で診断するようなシステムが日本にないため、統計が取られていないからのようです。小学生と、成人で統計を取っていたら、わかるかもしれませんが、日本は、精神医学についても、他のことについても保守的なところがあるので、まだまだかもしれません。

ディペート

 アスペルガー、ADHDの人とは議論になりやすいです。「周辺者」が自分に合わせてくれないと不満に思い、自分に合わせるように、色々な意見をぶつけてくる場合があります。ただし、見当はずれの場合も多いです。理由は、情報の整理がアスペルガーの場合は難しいから。ADHDの場合は、自分の欲求ばかりを「周辺者」に突き付けるばかりで一方通行な会話になりがちだから。そういう人と会話をするのは、どんなにディペート技術を磨いても、無理な場合が多いらしく、アスペルガー、ADHDの人が、自分の脳の性質から、トラブルになっているということを、受け止めて、その性質のことを、知ってからじゃないと、何も話せない状態になります。ただ、こじれるだけで、でも、相手から距離を取られると、状態が変わることに不安が強く出るため、「どうして、私の欲求が分からないの?」と追いすがってくるケースもあります。「周辺者」は離れたいし、距離感を取りたいと思っていても、「当事者」のほうは、「私が正しいのに、なぜ、理解してくれない。そうだ、言い続けたら、この人はわかってくれるはず。突然、距離を取るのは、おかしいから」と思い込んでしまうようで、そのため、「会話をするのも難しい状態の人と、どうしたらいいのか?」と「周辺者」は途方に暮れてしまいます。

 「周辺者」の身が持ちませんから、「当事者」があまりに言い張るときは、距離を取った方がよさそうです。と言っても、どうしても距離を取れない関係というのもあるので、心の距離を取るということになるようです。「主体性は自分」と言い聞かせて、相手のペースに乗らないようにしないと、ものすごいパワーで言い張る人もいます。切り替えが下手な場合は、「一日30分だけ悩もう」と時間を決めて、そのときだけ考えるなど、自分なりに工夫してみたほうがいいかもしれません。
 考えても答えが出ない場合は、「とにかく、動く」というのも一つの方法です。没頭できる何か、スポーツなどがいいそうですが、音楽や趣味などを見つけるのもいいかもしれません。

底つき体験

 わかってはいるけれど、やめられないことは、だれにでもあると思います。お酒、たばこ、買い物、ギャンブル、浮気? なんてものは、人それぞれですが、アスペルガー、ADHDの症状がない「周辺者」は「底つき体験」というのを体験すると、さすがに懲りるらしいです。
 底つき体験というのは、たばこ、お酒で体を壊す、病院で止められる。買い物しすぎてお金が底をつく。浮気が見つかって、配偶者から愛想をつかされるなどなど、さすがに「これ以上は無理」という時期のことです。「周辺者」で懲りない人もいますが、ADHDの場合は、脳の性質が違うために、 楽観的すぎる人もいるそうです。借金を繰り返しても懲りない。家族や親族、友人から借りまくっても、「返せばいい」とその程度で、悪いとは思わない感覚が脳にある「当事者」もいるそうです。「大丈夫、誰かが何とかしてくれる。前も、そうだったし」という「当事者」もいるため、怖くなります。ここまでの状態でも、「当事者」はまだ、「借りても、OK」と勘違いしている。懲りない人もいるらしく、そうなったら、限はありませんから、「周辺者」は、さすがに、最初のほうで貸したり、肩代わりしたり、トラブルになっているのをしりぬぐいしたりは、しないほうがいいそうです。
 ADHDは依存しやすい脳だからです。ほしいものを我慢できなかったり、ギャンブルをすると楽しくてしょうがないと思ったら、脳内物質がたくさん出ることがうれしいため、脳は、それをしたがります。「周辺者」とは違って、脳がその体験をほしがってしまう状態だそうです。底つき体験でも懲りない場合は、「専門家」に相談したほうがいいかもしれません。

 懲りるケースもあるそうです。もしくは、ものすごい失敗をしてしまったり、そこまでいって、初めて、アスペルガー、ADHDかもしれないということを考え始めるケースも多いそうです。

本に載っていない情報

 一般的な解説本に載っていない情報というのがあります。気になったところでは、

・記憶が飛ぶ人がいる
・問題が多い(金銭、暴力など)アスペルガー、ADHDの場合は、距離を取った方がいい
・金銭の具体的な対応方法
・言葉、行動の暴力を受けていた場合の具体的な方法
・アスペルガー、ADHDを受け止めない「当事者」への対応方法

 などなど、たくさんあります。理由は、一般向けの解説本は、制約があるからだと思っています。記憶が飛ぶとか、アスペルガーから距離を取りなさいなんて、さすがに人権問題もあるから難しいのかもしれません。金銭の場合も、「弁護士に相談してください」という範囲になるからかもしれません。暴力の場合も同じです。そういうケアをしてくれる相談機関にご相談してください。となるようです。

 「受容しない人もいる」の対応法が載せられないのは、それだけで一冊の本になりそうなぐらいだから。料理の「大匙1~2杯」なんてのも、いちいち解説本に乗せていたら、情報が載せきれない無くなります。それぐらい個人差があり、膨大な量の情報が、対応には必要になるからだと思います。ニュースなどに時々取り上げられていますが、特集などで取り上げているのも症状が重すぎるケースが多く、基準を超えないグレーゾーンのケースは、性格から来るものとして、見過ごされているのかもしれません。

 本に載っていない情報を調べるには、ご本人が「診断を受けて、その記録ブログ」を見たり、「診断を受けた子供、夫、妻がいます。体験を綴ってますブログ」を見たり、カウンセラーの相談サイト、精神科医の意見のサイトなど、調べるしかなさそうです。有名な相談サイトでは、素人かプロかよくわかりませんが、回答が載っていますから、文章によって、その人の人柄を見て、大丈夫かどうかを判断しながら、参考にしていくのがいいと、私は思っています。
 愚痴が多いものもあるので、そういうのも、「あるある」と共感を得たい場合は、読んでみてもいいですが、ほどほどにして気持ちが安定しているときにした方が安全です。
 自助会のインターネットバージョンもありますが、こちらも、文章を読んでみて、信頼できるものを選んで、気持ちの整理に使ってみてもいいかもしれません。

感情が読み取れない

 空気が読めないと言われているアスペルガー。ADHDのほうは、「空気より、私の欲求を優先したい」となるらしい。
 アスペルガーがなぜ、空気が読めないのかというと、それは、表情から感情が読み取れないかららしい。さすがに何度か同じようなことが起これば、わかるらしいけれど、微妙な時も多い。同じ言葉なのに、「今度、飲みに誘ってください」「ゴルフでも、どうですか?」などの仕事先での常套句も、わからない人がいるらしい。本当に誘っている場合もあるためにややこしい。
 社交辞令、常套句か、本気で言っているのかは、その場の雰囲気と、相手の表情と言葉の力の入り具合によって違う。だから、返事が「周辺者」と違うことを言う場合が「当事者」にはある。それを確かめるには、聞くしかない。
 社交辞令の場合は、たくさん、そういう言葉を聞き続ければ、「なんとなくわかるようになる」というアスペルガーの「当事者」もいるけれど、いつまで経っても「わからない」という「当事者」もいる。そうなると、「周辺者」が一つ一つ教えていかないと難しいけれど、そういうのは、わざわざ教えない。サポートがものすごく必要なアスペルガーだと、教えたほうがいい立場の「周辺者」は、大切な場面や時間の制約がない場合は、説明をしてあげたほうが、いいけれど、なかなか覚えられないらしい。理由は、「自分のほうが正しい」と思っているから。理解はできないから、ただ、そういう状況なのかと、状況の把握ができるだけだから。そのため、「当事者」が本気で覚えたいという気持ちがあるのなら、「周辺者」はサポートしていけばいいの。かと思います

変化を嫌う

 同じやり方を好む。アスペルガーの人に多いそうです。逆にADHDは飽きっぽいので、面白いなら、変化しても、対応できる範囲なら大丈夫のようです。
  アスペルガーの「当事者」は、現状維持が好きみたいです。やり方を変えることは、「ものすごく不安に思う」らしい。一般人は、それなりに判断できることが、言葉だけで理解できない場合もあり、失敗が多くなり、「解釈が間違えてしまっているかもしれない」「また、やり取りで、怒られるのでは?」という恐怖心が強い人もいるようです。そのために、怖さから現状維持が好きな場合と、違うやり方で脳が混乱し、無意識で、現状維持じゃないと嫌だと怒り出す人もいるらしい。

 やり方を変える場合は、その都度、アスペルガーの「当事者」が安心するように、少しずつ説明しながら慣れさせていく必要があるそうですが、つまり、「その都度、かなりの説明を要する」ということになり、「周辺者」が気づける人とは限らず、気づけない人もいるし、「周辺者」が親切だと、その人ばかり「当事者」が頼るようになり、自分の作業もあるのだから、さすがに合わせきれない。時間の制約もあるから。この辺は、「当事者」「周辺者」の性格に合わせて、状況と時間の兼ね合いで考えていくしかなさそうです。「周辺者」は自分の時間を割いて、「当事者」に説明とサポートをすることになるので、「当事者」の人が、お願いしますという気持ちで声をかけたほうが、何かとスムーズにいくようになりますが、「当事者」が余裕がない場合が多く、言葉も「何を言ったらいいの?」と分からない場合は、「こういう言葉をかけたほうが、周りの人は、あなたを助けやすくなるよ」とアドバイスを「周辺者」がその都度、教えたほうがいいかもしれません。
 

ユニバーサル解説本

 アスペルガー症候群は変化を好まないらしい。理由は、戸惑ってパニックになるからだそうです。こだわりが強く、同じやり方ばかりするらしい。臨機応変なんて言われると「どうしたらいいんだ??」と分からなくなるらしい。
「適宜」「~ぐらい」「2~3センチ」これが一番困るらしい。なぜかというと、「2センチなのか3センチなのか、どっちかに決めて。そうしないとわからない。どっちなんだ?」となるらしい。

 料理本に多い、「大匙2,3杯。お好みで」なんて、表現が嫌みたいです。これは「周辺者」は、濃い味が好きなら多めに、薄味が好きなら少なめにと分かる。暗黙の了解というやつですが、これが分からないらしい。アスペルガー用の本を出してほしいと思う。ハウツー本では難しいらしく、それらに対しての補助解説の本を出してほしい。
「1~2センチの大きさで切る」「乱切り」とか苦手らしいです。中には定規で測って切る人がいたらしい。ここも同じで、口の大きさにもよるし、お年寄り、子供によっても小さい方がいい場合があるから。大きめの野菜が好き。むしろ小さい野菜で火が早く通るのが好き。人によって、さまざまですが、それも解説は書いてない。

 アスペルガー用の料理解説、アスペルガー用の運動解説、アスペルガー用のパソコン解説、アスペルガー用社交辞令の見分け方、アスペルガー用会話集。そういう解説サイトを、行政さん、作ってください。とお願いしたい。インターネットで配布すれば、さほど、お金はかからない。電子書籍で無料配布したら、読む人もいると思うのだけれど。だって、ユニバーサルデザインとして、建物や内部設備を考えるのなら、そういうソフト面も充実させてほしい。アスペルガー用なら、お年寄りも、子供でも、理解できると思います。そういう面でのバックアップは、まだまだのようです。

記憶が飛ぶ?

 記憶が飛ぶという症状が、アスペルガー、ADHDの両方で起こるようです。理由が分かりませんが、ワーキングメモリー説、パニックを起こしている説、解離性の症状説。いろいろあるようです。ワーキングメモリー説の場合は、耳で聞いても、聞いて理解するのに時間がかかるため、紙に書いての伝達のほうが安全かもしれません。パニックを起こしてしまう人もいます。脳が混乱して、情報の整理ができなくなるため、記憶が飛んでしまう。解離の症状で、記憶が飛ぶ人の場合は、素人では無理だと思います。カウンセラー、精神科医などの「専門家」に相談したほうがよさそうです。

 パニックを起こした場合ですが、今後のトラブル回避のために、説明と注意は必要ですが、その前に、しばらく、一人にさせて、落ち着いてからになるそうです。
 記憶が飛んでいるのに、言い張る人もいます。こういう場合は、周りに対して、「なぜ、私が怒られるのか?」と理不尽に感じるそうです。本人は、それを異常とは感じていないかららしいです。「周辺者」も同じことが起きている。自分と「周辺者」の違いを、アスペルガーの「当事者」は、知らない、わからないようです。それが分かるのは、暗黙の了解がなんとなくわかる、「周辺者」のほうになります。本などの解説を読んで、自分の状態と「周辺者」の違いを、徐々に理解してもらうしか方法はありません。一度に、たくさんの情報は処理はできませんから、ゆっくりと理解してもらい、記憶が飛ぶ人に合わせるのは、「周辺者」は難しいということを少しずつ把握してもらうしかなさそうです。

行動の真似をする

 アスペルガーは、自分の行動を、あらかじめ、何も言わなくても、他人は理解しているものとして行動してしまう子供も多いようですが、大人になっても、その感覚を持ったままの人もいるようです。そんなわけはないので、トラブルだらけになります。当然、怒られる確率は、「周辺者」より多くなる場合があります。そうすると、次にどうするかというと、近くにいる人の真似をするようです。でも、理解できていないらしく、「ああいう行動をすれば怒られない」と思い込んでいるだけで、まったく同じ状況じゃないことも多くなり、その度に怒られやすく、「いったいなぜ?」と戸惑うようです。
 理解はしてないけれど、そばにいる人の真似をする。それで、うまくいく場合は、トラブルが少ない。合ってなければ、トラブルだらけになるようです。ところが、ここで問題が出てきます。アスペルガーにはタイプがあるからです。受け身型は、怒られても、周りに合わせようとしまう。言い張りません。それで、症状は改善はされないので、発見が遅れるようです。
 積極奇異型は、言い張ります。自分が正しいと。それで、トラブルが多くなり、「あの人の真似をしているのに、私が悪いわけがない」と「周辺者」が悪いと言い張ってしまうケースもあります。

 真似をしてトラブルがなかったら、うまくいっていると思い込み、トラブルだらけになったら「周辺者」のせいにしてしまうと、そして、そのまま大人になっていると、大変です。
 社会に適応しようとして悩んでしまう人が多い、受動型。自分が正しいと言い張ってしまう積極奇異型。孤立型は、我が道を行くので、トラブルは少ないようですが、できる仕事が限られるようです。それぞれのタイプに合わせて、注意や説明を考えていかないといけないようです。

自分の考えていることは、他の人は知っている

 サリーとアンの問題の別バージョンで、

 
お菓子の箱に、鉛筆を入れて、「この箱を見せて、『中に何が入っているでしょう?』と、聞いたら、他の人がどう答えるでしょう?」と聞く場合もあるそうです。

 お菓子の箱だから、「お菓子?」「わざわざ聞くってことは、お菓子じゃないんでしょう?」「え、面白いものでも入っているの?」と、「周辺者」の答えは人それぞれですが、アスペルガーの「当事者」は、目の前で鉛筆が入れられたので、他の人も鉛筆と答えると勘違いしてしまうらしいです。ほかの人から見て、どう見えるかがわからないからです。

 これが、どうして起こるかというと、自分が見たものを、他の人も知っている、理解していると勘違いしてしまうことが、アスペルガーの「当事者」でいるそうです。「周辺者」は、驚くばかりですが、私の身近で、私には説明してないことを、「なんで、知らないのよ」と怒り出して、それを何度も何度も繰り返した人がいました。当時はアスペルガーのことを理解してなかったので、「聞いてないから、知らないよ」と怒ってました。今も、なんで、そんなことを言うのか、よくわかりません。
 子供だと、親は自分の考えを知っているから、親が自分の望むことをしてくれないといけないと怒り出す人もいるようです。社会スキルがどの程度、身についているかによって、感覚が違ってくるようです。

 サリーとアンほどわかりやすい状態じゃなくて、複雑になってくると、アスペルガーの「当事者」がいると混乱しやすいです。アスペルガーの「当事者」が自分の性質を理解してくれるまでは、トラブルになりやすいので、距離を取りつつ、様子を見ながら、行動したほうがよさそうです。「受容しない人」の場合は、トラブルだらけになりますので、共同の作業をしたり、連携で作業したりなどは難しくなります。できるだけ避けたほうがよさそうです。

スケジュール管理

 スケジュール管理は、ADHDの人は苦手な人が多いようです。旅行など、時間が決まっている場合は、ある程度、催促しながらじゃないと、いつも遅れがちになってしまい、個人旅行ならいいですが、時間が決まっている場所に遅れて到着してしまうようにならないように「周辺者」が、何度か確認する必要があるようです。
 締め切りがあるものなどは、カレンダーに貼っておく。日にちが迫ってきたら、何度も「周辺者」が催促するなど工夫が必要のようです。

 重要書類の提出が遅れるなどは、大変なので、メモを目に付くところに貼っておいた方が安全です。

場所を覚えられない

 冷蔵庫のどこに何がある。何段目の引き出しに何が置いてある。「周辺者」も時々、「どこにあったっけ?」状態になるかと思いますが、ADHDの人の中には、その場所を覚えられない、思い出せない症状がたくさん出るケースがあります。その場合は、シールを貼る方法を取るようです。と言っても、ADHDの人は面倒なことはしたくない人が多い。その作業が楽しいのなら、自分でやるみたいですが、「いちいち貼るのなら、その都度、聞けばいいし」という人も多いようです。聞かれるほうは、「また聞くの?」となりますから、聞かれるほうがいいか、シールを貼るほうがいいのかは話し合って決めるしかなさそうです。
 中には、シールが貼ってあるのに、目の前にあるのに、「どこよ?」と聞いてくる強者もいるようです。アスペルガーだと、情報がごちゃごちゃするらしく、「どこにあるの?」と目の前にあっても見えてない状態になることもあるようです。

 財布、鍵、眼鏡など置き場所をあらかじめ決めておくというのも、一つの方法です。

周囲と比べない

 アスペルガー、ADHDの症状は一人ひとり違うようです。そして、積極奇異型、受け身型、孤立型は、成長によって変化もあるそうです。
 積極的だったのが、周囲の人からの反発が強ければ、受け身になったりもするらしいです。

 個人差が大きく、同じ診断を受けた人でも、できる、できないがたくさんあるそうです。しかも、成長スピードも違います。運動神経が悪い人もいるし、よい人もいるし。 「周辺者」は、「当事者」ができないことを比べると大変になります。できることだけ伸ばしましょうということになるみたいです。

 「周辺者」も同じです。アスペルガー、ADHDの「当事者」の症状は個人差がありすぎて、他の人の方法が、合うかどうかはわかりません。正解なんて、その都度、違ってきてしまうと割り切って、失敗しても悔やまない。ほかの方法を試してみよう。それぐらい難しい状態の人と接するのだから、無理をしないと考えるしかなさそうです。

自分を責めない

 アスペルガー、ADHDの「当事者」「周辺者」は、トラブルが多く、対応に苦慮して、「あの時、ああすればよかった」と思うことがたくさんあると思います。取り返しのつかない事態になることだってある。「当事者」は怒ったり、気分の落ち込みがひどくなっていたり、「周辺者」も、未熟さを痛感したり、そういうことの繰り返しですが、そういう場合は、自分を責めない。だれだって、戸惑うものだと思います。インターネットに、「私の配偶者が」「お医者さんに診断されました」「未診断ですが、もしかして、同僚が」そんな相談がたくさん載っている。つまり、それだけのトラブルがあり、その対応に困っている人だらけということになり、相談に乗っている人も、自分が似たような経験があり、ほっとけなくて、一緒に考えてあげる。自分だけじゃないというのが、それだけでも、わかると思います。
 アスペルガー、ADHDは、それだけ難しい問題だと思います。「当事者」「周辺者」ができることを、できる範囲でやり、できなくても罪悪感を持たず、適度な距離感を保ち、自分のペースに合わせて、それなりにできたら、「それでいい」としないと身が持ちません。
 落ち込んだら、インターネットに書かれているだけの人が「悩んでいるんだな。自分だけじゃないんだな」と思って、コツコツやっていくしかないのかもしれません。

 気分の落ち込みがひどい場合は、「当事者」「周辺者」の両方とも、「専門家」に相談したほうがいいかもしれません。抑うつ状態から、さらにひどい状態になることもあります。自分一人で悩まないのが、いいと思います。

関係性によって違う

 「当事者」と「周辺者」の関係が違うと対応も違ってきます。

 もしも、「当事者」が、

「親だったら?」
 子供として、責任を取るわけにもいかず、むげにもできず、とても、困ると思います。そして、仲が良いかどうかも、違ってくるので、無理はしないように。自分の生活とペースを守りつつ、相手との接し方を考えるしかないみたいです。


「家族だったら?」
 兄弟だとしたら、相手が大人のADHDで、金銭などで繰り返し問題が出ていたとしたら、「専門家」に、相談したほうがいいかもしれません。それ以外は、様子を見て接するしかなさそうです。


「配偶者だったら?」
 無理をしないこと。一緒に暮らして、一緒に考える立場の人が、「当事者」だと、一生の問題です。一緒に対応を考え、ペースを考え、感情的になる場合は、少し距離を取ったり、お互いの距離感と対応を考えながら行動するしかなさそうです。カサンドラ症候群にもなりやすいので、そちらの記事も参考にしてください。


「親族だったら?」
 金銭問題で、かかわる可能性があります。お金を貸してほしいなどの場合で、金銭問題を繰り返しているときは、払わないほうがいいというものが多いようです。時と場合と仲によって、違ってきます。


 ここまでは、「好き嫌いでは判断できない」立場になります。


 ここから先は、「好き嫌いで判断する」立場になると思います。

「友人だったら?」
 「当事者」を助けてあげたいと思っても、無理はしないで、ゆっくりと気長に、距離を取りつつ、ほめながら、気分をなだめながら、「当事者」の状態を知って、「当事者」に合わせてみる。ということになるのじゃないかと思います。


「恋人だったら?」
 結婚を考えるかどうかも重要になります。もしも、結婚まで考えるのであれば、その後のこともゆっくりと、誰かに相談しながら決めるしかなさそうです。結婚を考えないのであれば、「友人だったら?」と同じようにするしかなさそうです。


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 どんな関係性でも、「当事者」がものすごく手に負えない場合は、別になります。金銭の問題を繰り返す。暴力がある。モラルハラスメントの状態に近い。などの症状がある場合は、必要であれば、専門家に相談したほうがいいと思います。

 →それ以外なら、「心が離れている場合」を参考にしてください。

どのタイプ?

 問題が出たら、「当事者」がどんな反応をするのかで、「周辺者」の対応が違うらしい。

 トラブルが出たときの「当事者」の言葉はどれ?
 
「困ったなあ、まあ、いいや、そのうちに、なんとかなるよ」
「次は大丈夫だから、そのままでいいや」

 
 →トラブルは、ずっと続きます。減らしたいのなら、ほめつつ、「こうしてほしい」とお願いして、少しずつ意識を変えてもらう。ただし、何度言っても、効果が出にくい。

「面倒だな、なんで、俺が?」
「お前が変わればいい。お前が合わせたらいい」


  →トラブルが多いうえに減らないタイプ。ほめつつお願いしても、自分のやり方にこだわるので、合わせていたら限がない。様子を見つつ、やりたくないことはやらないように、相手のペースに乗ると大変です。

「どうせ、俺は失敗が多い」
「なんで、失敗ばかりするんだろう。ごめん」

   
   →悩むのは、だれでもあるけれど、あまりに長い時間、ずっと、そうだったら、合わせていたら疲れてしまうので、おだてながら、距離を取りつつ、「こういう方法もあるよ」と提示してみる。パニックを起こしやすいのも、このタイプらしい。パニックになったら、落ち着かせてから、対応しましょう。


「なんで、こんな目に、私のせいじゃない」
「○○○が悪いからこんなことになる」

             
  →受容プロセスの「怒り」状態。ここで止まる人の場合は、「周辺者」は、対応に困る。どうしても対応しないといけないもの以外は、無理をしないこと。
  


「周辺者」が「当事者」に愛想をつかす前の状態の話です。愛想をつかしてしまった後だと、心はなかなか、そのことに向き合えないと思います。「周辺者」の心が、疲れ切ってしまい、カサンドラ症候群の状態が長引く場合は、距離を取った方がよさそうです。
  →「心が離れている場合

ページの用語

「当事者」ASD、ADHDの症状がある人
「周辺者」アスペルガー、ADHDの周辺にいる人
「専門家」カウンセラー、精神科医