始めに

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自分の希望ばかり主張する「当事者」の場合

 よくコメントに書かれているのが、発達障害者にばかり合わせていられないのに、自分の希望ばかり言っていて、疲れる。という言葉です。職場の人、家族、大変なのはわかるけれど、「全部は、合わせていられない」というのが多いと思います。感覚過敏から来るもの、独特のこだわりから来るもの、時間がかかりすぎる、結論が出せない、なのに、変更できないと説明しているのに、言い張られる。などなど、たくさんの、主張があるようですが、予算、時間の制約、気持ちの問題も重なって、合わせている方が疲れ切ってしまうことも多いようです。「当事者」の方も、「ものすごいまでに我慢ができないのに」と思っているようですが、その状況は、その本人が感じている状態であり、周りの人と感覚が違いすぎて、わからないことも多いです。肌触りが違うだけでいやだとか、子供の声が大きいだけで、絶叫しているように感じるとか、手順の順番が狂うだけで、不安が強いとか、感覚の問題なので、「周辺者」からすると、我慢できないというのが、理解しづらい状態です。さらに、「当事者」が時間をかけて結論を出しても、そのときは、周りの人の気持ちが冷めているとか、「当事者」が問題を放置した結果、手遅れになったとか、たくさんの問題があります。
 金銭、命、重要事項の場合は、発達障害者の気持ちやこだわりよりも、一般基準を優先した方がいいそうです。それ以外の線引きが、かなり難しいですが、無理して合わせなくてもいいようです。我慢をし続けるのは、限界が来るからです。その場合は、「聞き流す」しか、ないようです。鈍感になれていく必要がありますが、「周辺者」は、人目も気にしますし、感情もあります。鈍感になるにしても、限度もあります。状態に合わせて、ハードルを下げ、自分ができる範囲を、「当事者」だけじゃなく「周辺者」も決めた方がいいようです。「したくない」「できない」と、障害者には言いづらいのが、現状です。まるで、「障害者を見捨てる、悪い人」になってしまったかのような罪悪感を持つケースもあるからです。ここで、大事なのは、「周辺者」の心が持つかどうかです。持たなさそうな場合は、決して無理をせず、自分のペースを守り、自分の世界を持ち、「障害者優先にしないといけない」という概念を捨て、自分の気持ちに正直になって、行動した方がいいようです。カサンドラ症候群まで行くと、大変になります。

希望と現実の折り合い

 発達障害者の「当事者」側と「周辺者」側の両方に希望があります。職場、学校、家族、所属団体の人たち、そこに属している人たち全員に希望があります。でも、実際に現実との折り合いをつけていきます。それが折り合いをつけられないままの人も多いようです。発達障害の症状が、まず、受け止められない。これも折り合いがつけられない症状の一つになります。「こうあるべき」「こうしたかったのに」たくさんの希望や願望があって、自分がしたいことの妨げのように感じるのが、発達障害の症状です。同時に、「障害だから、受け止めないといけない」「悪気はないのだから」というのがわかっている人も多いです。期待と願望と希望の基準はそれぞれですが、その基準をたくさん、諦めないといけないことが多いのが、発達障害の症状になります。ところが、外見では、わかりにくいため、症状を正しく理解していないと、「これぐらいできるでしょう?」と感じてしまい易い「周辺者」たち。「当事者」も、「これぐらいは、じぶんでも、できる」と思っている。周りの期待しているレベルと違っているケースも多数あります。その部分の折り合いは、どうやったら、落ち着いていくかというと、失敗を通して、なんとなくわかっていく、という感じになるようです。トラブルがあって、理由を知り、症状を知り、「当事者」の限界を知り、「周辺者」の忍耐の限界を知り、サポートできる範囲を知り、予算がどれだけかけられるか、生活で、どの程度の時間がかけられるか、などを考えて、「やがて、落ち着いていく」という状況になります。これも、スムーズに進んだ場合になります。

 「当事者」「周辺者」が障害を受け止め、症状の勉強をし、対応を勉強し、気持ちを落ちつかせる訓練を積み、自分のできる範囲を知り、自分のできない範囲を諦め、たくさんのことを経験していく過程で、わかっていくことになりますが、受け止めず、勉強せず、対応せず、いつまでもパニックになり、範囲を知ろうともせず、諦めず、経験するにしても、毎回、同じところで躓いていたら、いつまで経っても、同じことを繰り返していくようです。やがて、発達障害者側はともかく、「周辺者」は、気づきはじめ、「この当事者は、努力しないタイプの人で、同じトラブルを繰り返すだけの人だ」と見放してしまうことも多いようです。ここまで行っていたら、「当事者」がいくら、やる気になろうとも、そこから症状の勉強をし始めても、「周辺者」は、「どうせ、やらないくせに」「すぐにパニックになって、トラブルになるだけ」「すぐに腐るだろう」「やる気も続かないだろう」という諦めムードとなっている場合が多いです。その前に、対応する気持ちになっているか、どうかも重要のようです。

 周りの人に助けてもらえる「当事者」じゃないと、「周辺者」は、サポートしなくなります。誰でも、自分を優先したい気持ちが強いからです。団体行動のためのサポートも、あまり程度がひどいと、モチベーションは維持はできず、「当事者」を見放す状態になりやすいようです。

 希望はいいですが、現実と折り合いをつけるタイミングも大事のようです。

コリをほぐしましょう

 発達障害の症状と向き合っていると、脳がマヒしてきて、「もう、無理」と感じることだらけとなります。その状態になったら、きっと、体のあちこちがコリコリしている状態ではないかと思います。その場合は、温泉につかる、好きな入浴剤を使って、ゆったりするというのを使ったり、マッサージ器を使ってみたり、とにかく、体をほぐすことをしてみるといいかもしれません。体のコリがほぐれると、脳もリラックスするようです。疲れたら、やってみるといいかもしれません。

 左右の肩をポンポンと交互にたたく、リセット方法があります。左脳、右脳の活性化も図れて、肩もほぐれます。試してみてもいいかもしれません。!1~2分が目安のようです。

自覚するまで待てません

 発達障害の症状で、ASD、ADHDは、自覚するところから、自分が困っているところを直したいと本気で思ってからが、治療のスタートになります。周りの人が環境を整えようと、自覚がなければ、何も始まらず、努力するのは、「発達障害者」の側になります。「周辺者」は環境を整え、サポート体制を一緒に考え、治療方針を考えることはできます。気持ちが続かないので、支援疲れを起こさないように、注意をしながら、手伝う範囲を自分で決めます。というのが、一般的な流れとなります。

 では、発達障害者が自覚がなくて、困り感がなくて、「そのままでいいや」「俺は困ってないし」「なんとかなるんじゃないの」「お金なくても、いいよ」と言って、実際に、それで、お金が無くなって、そのままでいいという人も多いらしいです。困ったときになって、大騒ぎする人も多いらしく、「今から、なんとかならない?」と言い出して、「手遅れです」と、いくら言っても受け入れず、「嫌だ、なんとかしてくれ」とわめくような人も多いようです。では、「周辺者」は、そういう時にどうしたらいいのかというと、「しりぬぐいしない。本人に考えさせる。できる範囲は責任を取ってもらう」ということになるらしいです。それでも、生活が回っていかない、仕事の現場が回っていかない状況だと、「周辺者」がやはり、しりぬぐいして、考えて、判断してという状態じゃないと収まりがつかないというのが多いようです。それを続けていくと、やがて、「なんで、俺、こんなことをしないといけないんだろう?」となっていき、「ほかにやりたいこともあるのに、時間がとられて困る」「これをずっと、俺が続けないといけないのだろうか?」となっていき、支援疲れまで行ってしまうことも多いようです。
 それが配偶者だと、支援で疲れすぎて、重要な決定事項を自分で決めて、そして、カサンドラ症候群まで行ってしまう。そこまで行ったら、すべてのことをあきらめきれるまで、距離を取って、自分のことを優先するという状態で、休んだ方がいいようです。ところが、休ませてくれないのが、発達障害の症状を持った人たちです。「休みたいので、しばらく距離を取りましょう」と提案したら、「はい、わかった」と言って、で、休ませてくれるかというと、実際は「俺はどうなるんだ?」「いやだ」といって、休ませてくれるわけもなく、という状態で、カサンドラ症候群が悪化して、「自覚するまで、待てないよ!!」となります。

 そこまで行っていたら、もう、無理なので、自覚するまで待つ必要もなく、有無を言わさず、精神的に、物理的に、距離を取ったほうがいいそうです。耳栓を用意し、違う部屋に行く、家だったら、しばらくホテルに泊まる。気晴らしに出かける。とか、いろいろあるそうです。自覚するまで、待つことができる人だけ、待ってあげる。ぐらいしか、難しいようです。無理して、待つ必要はないようです。それぐらい、追い詰められる障害です。

同情してほしい、共感してほしいときに、注意は要らない

「当事者」「周辺者」の両方が、発達障害の実態を知らない人から言われた言葉で傷つくことがあります。日常生活を送っていたら、必ず、「今の状態では、受け止めきれない」という言葉を言われることがあります。こういう場合は、

・過敏に反応しやすい時期なので、流せなくても、それが自然であると受け止める。
・悪気があっていっているわけじゃないけど、「今、言われたくない」と思うのも、自然だと思う。
・発達障害のことを知らない人に言われたくないと思ってしまいやすいけれど、それも流せるようになる時期が来るまで、無理をしない
・いつか、笑い話になるかもしれない時期が来るかもしれないけれど、その道が見えない状態だとしても、無理をしない。
・支援で疲れているときは、周りの人から言われても、「気にしない」と呪文を唱えるようにする。
・余裕がないのなら、気持ちの切り替え方法を考えておく。
・無神経な人じゃなくても、親切心の言葉でも、必要以上に過敏になりやすいことを心得ておく。
・すべての人は、自分以上に、自分の状態を理解していることはないので、そのひとたちが言った言葉で、「参考にならないからいいや」と流せる訓練をしてみる。

 などなど、呪文を唱えて、「気にしない」と考えたほうがいいようです。

・大変だね
・いつでも、相談にのるよ
・そばにいるから
・気にしなくていいよ
・ゆっくりやっていこう
・肩をもんであげるよ

 など、言ってほしいのですが、そういう人ばかりじゃないので、大変です。言ってくれそうもない人に「求めない」けれど、つい「求めたくなる」のが、人間の弱さです。それぐらい、発達障害の症状の人を支え続けるのは、大変です。発達障害の「当事者」から「これは嫌だ」「俺が優先だ」「こっちのほうがいいんだ!」「なんで、俺ばっかり」など言われ続けると大変ですが、そういう場合は、耳栓の良いのを買うか、音楽を聴いて、癒されたほうがいいようです。聞かない状態ができないなら、その場を離れる。テレビやスマホ、パソコンなどを使って、切り替える。など、たくさんの方法を使って、無理をしないで、言葉を受け止めすぎない、リセット時間を作ったほうがいいようです。

 同情してくれる、共感してくれる人がいるかどうかは、ものすごく重要です。心の安心感につながります。ところが、発達障害者だらけの家族に囲まれているという環境だと、それはないため、大変です。でも、友達や、同僚や、親せきなどに求めても、助けてくれるのは、表面だけ、もしくは、わかってもらえないことも多いです。自助会の利用がいいようです。もしくは、同じ気持ちの人のコメントや励ましが載っているサイトで、自分の気持ちを慰めるのも一つの方法です。

自分のレベルにあった参考モデル(当事者)

 自分のレベルがどの程度か、わからないと、何事も始まらないので、それを、ノートにまとめるところから始めたほうがいいようです。サポートノートが行政のホームページからダウンロードできたりします。それらを使って、まず、自分の症状と気持ちをまとめるところから始めて、そこから、自分が参考にしたほうがいいものを考えないといけませんが、発達障害の症状から、参考にするべきものと、排除するものと、選別ができない人が多いようです。それらは、ほかの人に、相談したほうがいいようです。参考にしたほうがいいモデルは、

・自分の知的水準と似ている人のほうがいい
 知能指数は、近い人のほうがいいようです。学歴も近い人のほうがいいようです。さらに、自分の能力に近い人のほうがいいようです。でも、これらを選ぶことが難しい人もいるので、その場合は、サポートしてくれる人に教えてもらった方がいいかもしれません。やみくもに、学歴の高い人の方法を参考にしても、追いつけないし、反対に、知能指数が低めの人を参考にしても、参考にならないようです。

・生活水準が近い人のほうがいい
 借金をしたことがある、浮気をしたことがある、それが悪いとさえ思ってないという発達障害の人もいるようです。反対に、借金はしたことはありません、親に怒られました。浮気は、人と付き合うということも怖いので、わかりません。という人もいます。その部分が近い人を参考にしたほうがいいようです。

・症状が似ている人がいい
 個人差がありすぎるので、自分の症状に似ていて、なおかつ、その症状のレベルが似ている人を参考にしたほうがいいようです。判別ができないのなら、自分のレベルをノートにまとめて、教えてもらうのが一番最初になるようです。

・対応レベルが同じぐらいの人
 症状理解度が低い人は、対応も、社会スキルもまだまだですから、そこは考えず、症状理解を最初に行ったほうがいいようです。症状理解をし始めたばかりの人を参考にしたほうがいいかもしれません。
 それ以外の人は、社会スキルレベル、症状理解度、対応できる能力レベル、これらが近い人を参考にしたほうがいいようです。全部が同じ人ではなく、社会スキルレベルが同じなら、そこだけ、症状理解度が同じなら、そこの部分だけを参考にしたほうがいいようです。社会スキルレベル、症状理解度が中程度以上になっているのなら、対応できる能力レベルを考えられるようになっていると思いますから、対応できる能力レベルの近い人を探して、参考にしてもいいかもしれません。

 所属している仕事環境や、家族環境の生活水準、知的水準、周りの人の性格によって、大幅に、サポート体制が違ってきてしまいます。そのため、症状が同じでも、参考にならない場合があります。そういう部分が考えられないのなら、「周辺者」や「支援者」にお願いしたほうがいいと思います。「支援者」がいない場合は、行政の人、お医者さん、カウンセラーなどに、お願いしないと、難しいかもしれません。

自分のレベルに合った参考モデル(周辺者)

 発達障害の症状に悩む、「周辺者」たちが参考にしたくなるのが、同じ立場の人たちの意見になります。でも、「症状が全く違う」「生活感が違う」「価値観が違う」「これはできない」となり、悩みます。参考にしたほうがいいポイントが、いくつかのサイトに書かれていたので、まとめてみました。

・知的水準が近い人がいい
 知能指数、学歴だけでは、図れない部分があります。参考にしてもよさそうな人の意見を探したほうがいいようです。知能指数が71から85ぐらいまでの人と、86から110ぐらいの人と、111から130とか、それ以上の人と分けたほうがいいようです。理解度が違いすぎるらしく、会話についてけないとか、本も読めないという人と、会話はついていけるけれど、想像することができないとかの人とは大幅に違ってきます。それらの症状が近い人の意見を参考にしたほうがいいようです。

・生活水準が近い人がいい
 生活レベルが違いすぎると、金銭感覚が違いすぎて、参考にならないようです。ほかに、借金を繰り返しているとか、浮気されて悩んでいるとか、そういうのも、同じような人のほうがいいようです。

・症状が似ている人のほうがいい
 個人差がありすぎる発達障害の症状です。ただ、症状が似ていても、対応は違っているので、あくまで参考程度にしないといけないようです。

・現在の成長度が似ている人がいい
 社会スキルレベル、症状理解度、対応能力レベル、など、成長度が似ている人がいいようです。社会スキルレベルが高いけれど、症状は理解しているけれど、対応していく気がないとなると、そういう人を参考にして、全部が中程度なら、そういう人を探して、発達障害が分かったばかりなら、そういう人の意見を参考にして、ということになるようです。

 最近のSSTのノウハウを教えるマニュアル本は、知的水準に合わせて、書かれているものもあります。パソコンソフトやスマホのアプリを活用した方法を教えるマニュアル本もたくさん発売されつつあります。自分に合った、マニュアル本を探すように、「当事者」に合った生活スタイル、症状、知的水準、対応能力レベルの人を探すのも、一つの方法です。あくまで、参考にする程度で、それを取り入れて、「当事者」にあっているかどうかは、「周辺者」が考えたほうがいいようです。

後悔、罪悪感、不安を捨てる方法(当事者)

 「どうして、自分はできないのだろう?」「また、周りに迷惑をかけてしまった」「これから、お金がいるのに、いつになったら自立できるのだろう?」など、いろいろなトラブルがあると、つい、思ってしまいやすいです。反対に、「無理して社会適応するのをやめました」というのがあります。仕事や命、金銭、重要すぎる問題など、周辺に影響が出ない状態なら、ご本人が、自分の行動を決めてもいいのかもしれません。ただし、症状の重症度によりますが、あまりに問題だらけの場合は、応急処置程度は必要になるかもしれません。ただし、仕事などだと、それが許される場所を選ばないと、問題だらけになるので、気を付けないといけないようです。

 当事者の場合も、「ハードルを下げましょう」ということになるようです。「自分に合ったハードルを見つけよう」「症状だけじゃなく、気持ちにも合っているハードルにしよう」と考えたほうがいいようです。

 後悔、罪悪感、不安も多いのが、障害の症状です。でも、気づけない範囲まで、気づけというのは、無理だと思います。気づけないままにしておくのが良くないというのは、一般的な考えですが、気づけない部分を乗り越えられるかという視点で、考えたほうがいいようです。「当事者」の症状の度合いのよって、違ってきてしまいます。ものすごい、重い症状の人は、どうやっても、無理なので、たくさんのことを、あきらめないといけなくなります。でも、そこに生活が懸かってくるので、大変となります。それらを話し合いで埋めることさえできないのが、障害で、「同じことをしているのに、なぜ、僕だけなじられるのでしょうか?」という投げかけコメントを、当事者側の意見として、時々見かけます。内容を確認すると、「周辺者」の場合は、ここの部分は流す、ここだけ気を付ける。と、ポイントを絞って判断できるし、決めることができます。発達障害者は、全部に引っかかってしまっているケースが多いようです。

 後悔、罪悪感、不安を持ちやすい症状になりますが、決して、無理をしない。できる範囲を、乗り越えられる範囲だけを考えるというのが、いいのかもしれません。できないことを要求された場合の対処法を、「当事者」が考えるのは、難しいと思います。できないことを要求された場合は、相手が悪いのだとか、自分が悪いのだとか決めつけず、障害なので、こういうことは良く起こると考えて、なにが正しいのか、「自分には、永久にわからないだろう」と思っておいて、「考えないほうがいい」としておいた方がいいのかもしれませんが、それを、つい、考えてしまうのも症状のために、難しいようです。

 同じように、自分の症状があるのに、周りが適応する必要がない、周りが合わせられない要求を、言い張ってしまいがちですが、それに気づいた時点で、「言い張るのは止めよう」と考えたほうがいいようです。気づけないのは、想像性の弱さからくるもので、症状です。気づけなかったと考えるより、「気づけて良かった。今から、変えよう」とできたら理想です。でも、変えるのもできにくいのが、脳の性質です。「徐々に変えていけたらいいね」と思っていたほうがいいようです。無理をしないで、気づける、できる範囲で、変えられなくても、無理をしない。気持ちと症状に合わせて、やっていくのがいいようです。

 瞑想、呼吸法、アロマ、空を見る、歌を聴く、目を閉じる、手を広げる。好きな人の写真を見る。動物の動画を見る。などの落ち着く方法を、自分なりに見つけ、無理をしないで、「症状からくるものだから、誰も恨んではいけない。でも、いやだと思ってしまう自分がいるけれど、それが自然だ」と受け止めたほうがいいようです。

 症状に振り回されない
 そのままの自分を愛す
 できなくてもいい、できることだけ探していきたい
 無理をしろという人には、合わせなくてもいい
 お金や、大きな問題は扱わない
 大事なことで言い張らないようにする
 自分の欲求がかなえられないからと言って、周りの人のせいにしない
 周りの要求もあることを学ぶ
 気づけなくてもいい、気づける範囲だけ気づこう
 
 多くの人は、望んで、発達障害者で生まれたわけじゃないということは、わかっていますが、現実的に、ミスばかり続く、自分にも降りかかる、責任転嫁される、しりぬぐいばかりさせられる、などが続くと余裕がありません。そういう人に「もっと、助けて」というのは、やめて、あきらめるほうがいいのですが、あきらめるということができづらい症状があるため、大変です。いろいろなことは、発達障害者のせいでも、周辺者のせいでも、ありません。「症状が、そこにあるだけ」と考えたほうがいいようですが、なかなか、できる人はいないようです。それが自然の心だととらえて、徐々に受け入れられたら、いいのかもしれません。

後悔、罪悪感、不安を捨てる方法(周辺者)

 発達障害の場合、「ああすればよかった」「あの時、気づけばよかった」「申し訳なかった」「周りに迷惑をかけているかも」「将来が不安だ」「早く自立してほしい」「いつになったら、できるのか」「このまま、私が支え続けるの?」「もう、限界だ」と、つぶやきたくなることの連続で、支援疲れやカサンドラ症候群の状態まで行ってしまうケースがあります。

 とりあえずの処方箋は「ハードルを下げる」ということになるようです。自分の気持ちに合ったハードルにしたほうがいいようです。

 支援疲れを起こした場合は、休むこと。頼める人がいたら、頼むという方法もありますが、発達障害の人の世話をしてくれるなんてことは、まず、なくて、ヘルパーを頼んでいるのでという人以外は、背負っている部分がたくさんありますが、「全部、引き受けるという価値観を捨ててください」という方法を使うようです。「お子さん、旦那さん、奥さんを、そのままの状態が、その人の状態です。症状も含めて、その人なのです。その人がいろいろできたらよかったと思ってしまうのは、自然ですが、やってもらわないと困るという意識は捨てたほうがいいでしょう」と書かれている専門家もいます。
 支援疲れを起こすのは当然です。真面目で、たくさんの本を買い込み、ノートまで作り、必死になって、社会適応をさせないと、相手に合わせないといけないという心を、いったんリセットしたほうがいいそうです。「社会適応は、できたら、そのほうがいいけれど、できないかもしれない。それが、その人にとって、自然な状態です。受け入れてあげましょう」と心掛けたほうがいいようです。不安もつきませんが、「後悔、罪悪感、不安は、積み上げたら、限がないですよ」と、専門家の人が言っています。発達障害の場合は、「できないことだらけです。それが自然です」「諦めないといけないことを受け入れてください」「社会適応は、難しい部分もありますよ」「無理をして、心を壊すまで、発達障害者に合わせないでください」「不安になって、当たり前、でも、それを考えることを、いったんやめましょう」と心がけておいた方がいいようです。

 カサンドラ症候群まで行っていたら、もう難しいので、「発達障害の人は変わりません。あなたの心は疲れ果てています。もう、無理です。お互いに辛くなります。お互いに距離を取り、相手も変わらない、あなたも変わらないでいい。相手も無理しない、あなたも無理しなくていい。相手の責任の分は引き受けない。罪悪感も持たなくていいですよ。どんな人も、お医者さんも、カウンセラーも、難しいと言っている状態なので、家族が支えるのは限度があります」と考えたほうがいいようです。

 努力目標が高すぎて、現実の発達障害の「当事者」の、今の成長スピードとレベルに合ってない場合に、「周辺者」がイライラしたりすることも多いようです。

 意思の疎通は、図れても、図れなくてもいい
 できても、できなくてもいい
 無理をしない
 発達障害の人が責任を取らないといけない部分は、無理して考えなくてもいい
 そのままの、その人を愛せるかどうかを考えましょう
 犠牲にならなくていい。応援するか、したくないかを決めるだけでいい
 相手が変わってくれなくてもいい。自分も変わらなくてもいい。

 などなど、たくさんの自分のための言葉を、自分にかけてあげるというのも、荷下ろしの方法のようです。自分に合った言葉を浮かべるだけでも違います。自分を慰め、自分を励まし、自分に優しく、できなくていい自分を認め、できない相手も認めるという作業を繰り返して、たとえ、できないことが多くても、「こうしないとだめだ」を捨てたほうがいいようです。それぐらい、発達障害の症状というのは難しい問題で、一人で引き受けられるようなレベルではないようです。

*金銭、暴力、のっぴきならないレベルの問題、早急に考えないといけない問題は別になります。

発達障害者の対応と、周りのフォローは比例する

 発達障害者だけではありませんが、努力する人に対しては、フォローしてもらえる量が増えます。ただし、環境にもよります。発達障害者のグレーゾーン、もしくは未診断の症状ありの家族に囲まれている場所だと、ゼロフォローの可能性があります。家族からの支援が得られないからと言っても、相手も症状なので、「あきらめるしかない」「待つしかない」状況となります。

 症状がない場所で、知的水準も、生活水準も平均レベルの人が多い場所、もしくは、それ以上の人たちが多く含まれる場所だと、努力を見てくれている人はいますので、フォローしてもらえる人も多くなると思います。忙しい場所、ライバルが多い場所は例外となります。

 発達障害以外でもトラブルメーカーは存在します。発達障害以外の人で、トラブルを起こす人が助けてもらっているかどうかも目安になるかもしれません。不公平は、あるかもしれませんが。発達障害者が、症状の把握、対応方法を学んだスキルが中程度を超えていて、言い張らず、謙虚に、言葉選びもできるようになっていたら、フォローしてもらえる可能性は高いです。

 インターネットなどで、書き込まれている、「私がこんなに困っているのに、周りが冷たい」という発言内容から、多分、「頼んではいけない人に、頼ってしまっている」「頼りすぎていて、過剰要求すぎているのに気づいていない」「自分の症状すら把握してなくて、社会スキルを身につけないまま、要求が強い」などが多いようです。

 「自分が要求している割合が多すぎると嫌がられる」ということも考えたほうがいいようです。努力が足りなければ、周りも「この人を、そこまで助ける必要がない」と思われている可能性は高いです。トラブルを減らそうと思っている「発達障害者」で、なおかつ、「素直さと謙虚さがある」「真面目である」「本を何冊も読んで、勉強はし続けている」「がんばろうという気持ちがある」「迷惑をかけている自覚がある」という部分がいくつもあると、助けてもらえる可能性は上がります。努力した分だけ、周りの人も見ている人は見ています。

 見ていない人も多いのですが、そういう人は、自分優先で、親切じゃないだけかもしれません。世界中の人は、その人の価値観で生きています。発達障害に合わせてくれる人もいるし、理解してくれる人もいますが、少数だと思っておいた方がいいかもしれません。一割ぐらいは親切な人がいると考えて、行動したほうがいいです。それ以外の人は、頼まれたら動いてくれる人が5割。かかわりたくないと思っている人が3割。残りは、まったく周りが見えていない、自分の世界で生きている人だったり、そもそも、その人も団体行動が苦手だったり、自信がない人だったり、様々な理由で、発達障害に興味すらないか、余裕がないと考えて、行動したほうがいいのかもしれません。

 発達障害に、理解してもらえない、助けてもらえない人は流し、自分の努力が報われるかどうかは、気にせず、自分の努力目標を掲げ、行動したほうがいいようです。自分の気持ちで、30点程度の努力目標でいいと思うのなら、それでいいし、10点でいいやとか、今は一切やりたくないとか、日替わりでもいいし、週、月替わりで努力目標が違ってもかまわないようです。無理をしない。いつか、できるといいな。程度じゃないと、「周辺者」も「当事者」もつらくなります。

 まったくやらない人は、周りもまったくやらない人として扱います。「いくら注意しても、この人はダメだ」と切り捨てられて、おしまいになる場合が多いようです。

クローズとオープン

 発達障害の人は、障害をクローズとオープンで悩むようです。クローズというのは、閉じる。つまり、障害を隠す。オープンは、明らかにする。障害を、周りに教えるか教えないかで使うようです。

 発達障害はクローズのままのほうがいいという人と、オープンのほうがいいという人と分かれます。職場、親類、友達などの関係で、変わってしまうので、とても、難しい問題です。オープンにしても、職場で配慮してもらえなくて、なぜ、怒られるのかという投稿を時々見かけます。そのコメントの内容で、怒られた人達の行動の印象は、「周りには自分勝手に思われているからではないか?」と感じることが多いです。残念ながら、発達障害者が職場、学校にいて、その症状を知ってくれようとする人は、「ものすごく、少ない」と考えておいた方がいいと思います。職場も、学校も、そこに属している人、一人、一人が主役であり、その人の権利があり、義務があり、それぞれの立場があり、「発達障害者だけが優遇される場所ではない」からです。学校だったら、先生にも、生徒にも権利はあります。それぞれの言い分もあります。「障害者だけ優遇してばかりはできない」のが実情です。ところが、発達障害者は、その感覚を症状から、「なぜ、私は被害を受けているのだろう? 優遇してほしいのに」と自分の立場ばかり注目しがちです。その部分の感覚をなんとなく知っているかどうか、自己主張しすぎないという部分があるかどうかも、大事になります。それを症状がある人は気づけません。本当なら、ジョブコーチのような役目の人が、どんな場所でも、その場所での行動の調整役、カウンセリングなどを行ってくれるようなシステムが日本にあったら、違ってきますが、現在の日本では、ジョブコーチは、仕事環境を整えるということはしてくれますが、職場でその人が溶け込めるまで、マンツーマン指導をして、職場での環境づくりもしてくれてなんてことまでは、やってくれないみたいです。オープンにして、職場に溶け込んでいますと言う発達障害者の人の上司やお医者さんのコメントによると、「発達障害の人が真面目であり、一生懸命で、悪気がない態度で、性格も悪くないため、周りの人も、助けてもいいという空気ができやすく、それで、問題があっても、乗り越えている」というのがいくつかありました。つまり、「真面目である」「言い張らない」「性格が悪くない」「周りに悪いと思っている態度がある」「トラブルを減らしたいと障害者のほうも思っている」という部分があれば、違ってくるようです。こういう障害者はとても少ないらしく、ほとんどが、コミュニケーション能力が低いまま、障害の症状の勉強もしていないまま、自分が職場適応できるかどうかもわからず、権利ばかりを主張してしまい、嫌がられているというケースがとても多いようです。
 配慮はしてもらえるようですが、発達障害の人が適切な範囲を知る必要があり、時に過剰な要求をしているコメントも、よく見かけます。この範囲があいまいで、さらにややこしくなってしまうようです。

 オープンが怖いのであれば、クローズのまま、性格の問題として、症状だけ知らせるというのも一つの方法になります。ただし、発達障害の症状の勉強も重ね、コミュニケーションの部分の勉強も重ね、障害があっても無くても、「すべての人に、権利がある。我慢を強いたり、一人だけ、優遇されたりというのは難しい」というのを知っていて、その場所のルールもわかったうえで、行動ができるかどうかで、変わってくるようです。

 「ちょっと頑固なんです」
 「記憶にちょっとだけ問題が出やすいので、メモを取ってもいいですか?」
 「作業を一つずつこなしたいのです。迷惑をかけますが、一つずつ、教えてください」
 「間違っていたら、教えてください」
 「具体的な数字で表してくれると嬉しいです」
 「日時、場所など、間違えるといけないので、二回、言ってもらえると助かります」
 「作業が遅いかもしれません。それで、がんばりますので、よろしくお願いします」

などなど、職場で、ちょっとした言葉を言っておいた方がいいのかもしれません。これらを教えてくれるのは、身近な、障害を知っている、家族たちになります。教えてくれる家族がいるのであれば、普段から、「教えてください」「お願いします」という言葉を使って、頼んでおいた方がいいかもしれません。ただ、発達障害は、その特性から、「なぜ、一般的なことができないのに、わがままを言うのよ!!」と怒られまくった後に、大人になってから、障害者だとわかり、分かった後でも、「障害なんて、間違いよ。甘えているだけよ」という家族も多いので、その場合はあきらめたほうがいいようです。障害を受け止めて、応援してくれる人を見つけるというのは、とても、難しいようです。本当は、子供のうちに、発達障害の支援が受けられたら、違っていたのでしょうが、今、大人になってしまっている発達障害者の人たちは、「自力でやらないといけない」「グレーゾーンだと支援がほとんどない」状態になっているケースも多いようです。身近な人が味方になってくれるかどうかは、「低姿勢である」「ミスを減らしたいと、発達障害者が思っている」「謝罪ができる素直さがある」「言い張らない」「周りの人とうまくやっていきたいという気持ちを表している」などが、重要ですし、さらに、周りの人が、「親切である」「優しい」「気が長い」「人の世話が好きである」「障害の勉強を進んでやってくれる優しさがある」「障害者に説明をしてくれる」「障害者の成長スピードに合わせてくれる」という状況じゃないと、難しいようです。

 「当事者」と「周辺者」だけでは解決が難しく、支援をしてくれる行政の担当者や、お医者さん、カウンセラーなどの「専門家」の知恵、励ましを借りて、生活していくのが理想ですが、大人の発達障害者を受け入れてくれて、なおかつ、障害に理解を示し、障害に対して詳しい「専門家」が少ない。行政の支援者の数が足りない。行政の担当者が障害を理解していないのが実情です。そういう場合は、「当事者」は自力で、できる範囲を考え、「周辺者」も支援疲れを起こさない程度に、どの程度のサポートをするのかを決めて、動いていくしかなさそうです。理想的な、バックアップ体制には、まだまだのようです。

発達障害者の社会適応レベルで違ってくる

 発達障害者が、「困っています」という書き込みの内容を症状を知っている、「周辺者」が読むと、「この部分は流したほうがいい」「ここはしっかり考えたほうがいい」と判別がつくケースもあります。感情論で言われているケースだと、流したほうがいいですが、適切な注意なのに、「相手が悪い」とか「ひどい」とか書いてあるケースがあり、相手の気持ちが全然わかっておらず、先走り、勝手に「ものすごい被害を受けている」と言い張っているケースがあり、それに対して、「周辺者』の反応は、「なぜ?」というのが多いです。

 発達障害者のトラブルはたくさんのケースがあります。判別は、発達障害者の人には、難しいと思います。お仕事の場だったら、上司と相談できるようにジョブコーチを頼んだり、環境を整えたりしていけば、知能、知識、コミュニケーション能力がある発達障害者の場合は、これで、何とかなることも多いようです。

知識、知能、コミュニケーション能力に自信がない場合
 あまり、言い張らない方がいいかもしれません。知識として知ったうえで、よく考えたほうがいいケースもあります、一般感覚を考えてから、どうしたほうがいいのか、教えてもらった方がいい場合もあります。この場合は、一般感覚を養ったうえで、ケースごとに、理解していくほうがいいようです。説明してもらっても、理解できないと思うので、症状の勉強をして、自分の能力の限界も知って、一般感覚も養い、などなど、たくさんの発達障害の環境適応能力を磨くほうが先になるかもしれません。大人になってから、発達障害の症状が発見された場合は、価値観など簡単に変えられないので、ものすごく時間がかかることは覚悟したほうがよさそうです。

知識、知能、コミュニケーション能力は中級以上の場合
 自信があるときは、上手に主張する方法を、考えたほうがいいかもしれません。「言い張る」ということをすると、基本的には、「この人にかかわりたくない」となって、逃げられるケースが多いようです。感情的なこと、相手の立場など、わからないときは、聞いたりして、知識を深めつつ、時間をかけて考えるほうがいいかもしれません。説明してくれそうな人がいるのなら、症状を知っている人に頼んでもいいかもしれません。症状の勉強をある程度、してある人になるかもしれません。

知識、知能が高く、コミュニケーション能力が普通の場合
 この場合は、感情的な要素が入ると途端にわからなくなる。相手の立場に立つことができず、様々な要素が絡むとわからないということが多い。言い張られても、お互いに感情的なやり取りができないため、「頭はいいけれど、コミュニケーションは仕事の打ち合わせのようだ」と感じてしまわれやすいようです。症状の勉強は、「俺は知能が高いから必要ない」という人もいるし、「一応知っているけれど、社会適応は必要ない」と考えているケースもあるようです。

 *コミュニケーション能力が高い人の場合は、症状が発見されにくく、社会適応もできていると思います。

 一人ひとり、症状と発達障害の社会適応レベルで考えて行動するしか、なさそうです。

社会適応前だと難しい

 発達障害の人は、できない範囲がたくさんあります。このできない範囲を頼むとき、「お前がやれ」「おまえのせいだ」と言ってしまう人もいます。症状から、言ってはいけない、命令してはいけないということも気づけない人もいるようです。ところが、
「この部分はお願いします。自己主張しません。できる範囲はきっちりやります」という性格の発達障害の人もいるようです。ここまで来るまでには、症状を理解して、周りとのかかわり方も勉強して、自己主張していい範囲としてはいけない範囲もわかって、周りに頼りすぎることなく、説明してもらったら、やりますという態度の人だと、周りも安心ができます。社会適応ができている発達障害者というのは、こういう形が多いようです。

 社会適応前の発達障害者は、
「これもやって」「どうせ、できないし」「なんで、怒るの?」「最初から説明してくれたらいいのに」「できないのだから、あきらめてくれたらいいだろう」など、言い訳やぼやきに聞こえてしまうことを言い張ってしまうために、うまくいきません。

 できない範囲は依頼をして、低姿勢に頼んだりする方がスムーズにいきますし、できる範囲はできるだけ自分でがんばってやろうとする姿勢がない人だと、助けてもらえなくなるようです。

 発達障害者の人が言い張らないようにするかどうか、ここが最初のターニングポイントなのかもしれないと感じます。

イメージのずれ

 会話でコミュニケーションをとるのが難しいのが発達障害の症状です。特にASDは、「言われたことを、そのまま受け取る」という症状があります。この言われたことを、「どこまで聞いているのか?」によって違ってきます。「最後まで聞こうとする」受動型ASDの症状の人と、「最初から聞きたくないから、聞いてもいない」という積極奇異型、孤立型の人もいます。「途中までで、わからなくなった」このタイプが一番多いようです。

 そういう場合は、コミュニケーションをとるのに、必要な項目がいくつかあります。

発達障害者側
 症状のない人の脳の動きを知っておく
 一般的な価値観をわかる範囲で把握しておく
 自分の症状を知っておく
 症状の対応をできる限りでいいので、把握しておく

症状がない人側
 症状がある人の脳の動きを、わかる範囲で把握しておく
 発達障害の症状を、一応把握しておく
 症状の対応を、一応把握しておく

 これらで、発達障害者と、症状がない人と基準が違ってしまっているのは、発達障害の症状がない人は、必ずしも「症状を絶対に把握しなくてはいけない」なんて義務がないからです。理由は、振り回されるからと、どの程度かかわるかを決めるのは、「症状がない側も決めていい」からになります。トラブルを起こしているのは、発達障害の症状になります。症状を持っている側と、その症状を持っている人のそばにいる人だと、意識は違ってきます。ところが時々、発達障害者側の意見で、「発達障害は障害の症状で苦しんでいるので、絶対に、私たちに合わせてよ!!」という強い意見があって、とても、驚きます。「絶対に」は、難しいのが状況です。それで言ったら、ほとんどの人が言い出してしまいます。「私も困っているので、その状況に、私たちのほうも合わせてよ!!」と。この部分は、大人になると、なんとなく、その場に合った形での収まり方で、我慢するところは、我慢し、変えたほうがいい場合は変える。臨機応変という対応になります。
 発達障害の症状は、時に、症状のない人からすると、「ちょっとわがままでは?」と感じるものも多く含まれます。ところが発達障害者からすると、「絶叫したくなるぐらい、耐えられない!!」だそうで、その違いは、症状がない人が圧倒的に多いため、わからないのが一般的です。お医者さん、看護婦さん、学校の先生などの公人、行政の担当者、支援者、ボランティアの人は、圧倒的に症状がない人が多数含まれるため、言葉でのコミュニケーションができないこともあり、訴えられても、「わからない」というのが実情です。

 バーチャルリアリティの機械が、開発されつつあります。その機械で、障害者体験プログラムというのが開発されたら、違ってくるかもしれません。「もしも、お年寄りになったら」「もしも、足が悪かったら」「目が見えなくなったら」「脳の働きが鈍くなったら」「脳の働きが発達障害者と似た状態になったら」というプログラムを、お医者さんなどの医療従事者、先生などの公務員、行政の担当者、支援者。ボランティアや、発達障害のそばにいる人たちが体験できたら、いろいろなことが違ってくるかもしれません。大学や研究施設で、そういう方面でも取り組んでもらえたらと感じますが、なかなか、難しいかもしれません。それまでは、想像で、お互いに歩み寄るしかないのが実情です。
 

ページの用語

「当事者」ASD、ADHDの症状がある人
「周辺者」アスペルガー、ADHDの周辺にいる人
「専門家」カウンセラー、精神科医