始めに

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後悔、罪悪感、不安を捨てる方法(当事者)

 「どうして、自分はできないのだろう?」「また、周りに迷惑をかけてしまった」「これから、お金がいるのに、いつになったら自立できるのだろう?」など、いろいろなトラブルがあると、つい、思ってしまいやすいです。反対に、「無理して社会適応するのをやめました」というのがあります。仕事や命、金銭、重要すぎる問題など、周辺に影響が出ない状態なら、ご本人が、自分の行動を決めてもいいのかもしれません。ただし、症状の重症度によりますが、あまりに問題だらけの場合は、応急処置程度は必要になるかもしれません。ただし、仕事などだと、それが許される場所を選ばないと、問題だらけになるので、気を付けないといけないようです。

 当事者の場合も、「ハードルを下げましょう」ということになるようです。「自分に合ったハードルを見つけよう」「症状だけじゃなく、気持ちにも合っているハードルにしよう」と考えたほうがいいようです。

 後悔、罪悪感、不安も多いのが、障害の症状です。でも、気づけない範囲まで、気づけというのは、無理だと思います。気づけないままにしておくのが良くないというのは、一般的な考えですが、気づけない部分を乗り越えられるかという視点で、考えたほうがいいようです。「当事者」の症状の度合いのよって、違ってきてしまいます。ものすごい、重い症状の人は、どうやっても、無理なので、たくさんのことを、あきらめないといけなくなります。でも、そこに生活が懸かってくるので、大変となります。それらを話し合いで埋めることさえできないのが、障害で、「同じことをしているのに、なぜ、僕だけなじられるのでしょうか?」という投げかけコメントを、当事者側の意見として、時々見かけます。内容を確認すると、「周辺者」の場合は、ここの部分は流す、ここだけ気を付ける。と、ポイントを絞って判断できるし、決めることができます。発達障害者は、全部に引っかかってしまっているケースが多いようです。

 後悔、罪悪感、不安を持ちやすい症状になりますが、決して、無理をしない。できる範囲を、乗り越えられる範囲だけを考えるというのが、いいのかもしれません。できないことを要求された場合の対処法を、「当事者」が考えるのは、難しいと思います。できないことを要求された場合は、相手が悪いのだとか、自分が悪いのだとか決めつけず、障害なので、こういうことは良く起こると考えて、なにが正しいのか、「自分には、永久にわからないだろう」と思っておいて、「考えないほうがいい」としておいた方がいいのかもしれませんが、それを、つい、考えてしまうのも症状のために、難しいようです。

 同じように、自分の症状があるのに、周りが適応する必要がない、周りが合わせられない要求を、言い張ってしまいがちですが、それに気づいた時点で、「言い張るのは止めよう」と考えたほうがいいようです。気づけないのは、想像性の弱さからくるもので、症状です。気づけなかったと考えるより、「気づけて良かった。今から、変えよう」とできたら理想です。でも、変えるのもできにくいのが、脳の性質です。「徐々に変えていけたらいいね」と思っていたほうがいいようです。無理をしないで、気づける、できる範囲で、変えられなくても、無理をしない。気持ちと症状に合わせて、やっていくのがいいようです。

 瞑想、呼吸法、アロマ、空を見る、歌を聴く、目を閉じる、手を広げる。好きな人の写真を見る。動物の動画を見る。などの落ち着く方法を、自分なりに見つけ、無理をしないで、「症状からくるものだから、誰も恨んではいけない。でも、いやだと思ってしまう自分がいるけれど、それが自然だ」と受け止めたほうがいいようです。

 症状に振り回されない
 そのままの自分を愛す
 できなくてもいい、できることだけ探していきたい
 無理をしろという人には、合わせなくてもいい
 お金や、大きな問題は扱わない
 大事なことで言い張らないようにする
 自分の欲求がかなえられないからと言って、周りの人のせいにしない
 周りの要求もあることを学ぶ
 気づけなくてもいい、気づける範囲だけ気づこう
 
 多くの人は、望んで、発達障害者で生まれたわけじゃないということは、わかっていますが、現実的に、ミスばかり続く、自分にも降りかかる、責任転嫁される、しりぬぐいばかりさせられる、などが続くと余裕がありません。そういう人に「もっと、助けて」というのは、やめて、あきらめるほうがいいのですが、あきらめるということができづらい症状があるため、大変です。いろいろなことは、発達障害者のせいでも、周辺者のせいでも、ありません。「症状が、そこにあるだけ」と考えたほうがいいようですが、なかなか、できる人はいないようです。それが自然の心だととらえて、徐々に受け入れられたら、いいのかもしれません。

ページの用語

「当事者」ASD、ADHDの症状がある人
「周辺者」アスペルガー、ADHDの周辺にいる人
「専門家」カウンセラー、精神科医