アスペルガー、ADHDの症状が出ている「当事者」は、社会適応を、「別にしなくてもいい」と思っているも人も多いようです。自分の症状に「気づいていない」「気づいているけれど、周りが合わせてくれる」「周りがカバーしてくれるから、それでいい」と思って行動している場合は、「周辺者」のほうが疲弊しています。
アスペルガーの受動型、ADHDの不注意優位型の人に多く見られるようですが、「何とか、社会適応したいと思っている。でも、どうしていいかわからない。社会適応ができない」というケースもあります。この場合は、「当事者」が疲弊しています。
どちらにしても、「当事者」は余裕がありません。対応を考えていくのも、どうするか決めていくのも、「周辺者」が主体になるようです。だから、「当事者」に期待しないほうがいいと書かれているものが多いです。できない「当事者」をあきらめて、「周辺者」がカバーするにしても、限度があるので、その辺も「周辺者」が状況によって決めていくしかなさそうです。
「受容」ができるようになっていても、その到達状況は、個人差があります。謝ってくれる状態になっている人もいれば、自分の状態を受け入れても、何かあれば、すぐにおろおろしてしまう人もいます。相手が、一般的なことはできない状態のままは続きます。「もう少し、変わってくれれば」という期待は、ことごとく裏切られることが続く場合が多いです。
「周辺者」ができることは「当事者」は、どうやってもできないことも多いです。「周辺者」の周りにいる人と比べるとつらくなります。「当事者」に期待しないで、自分でできる範囲のことをやり、周りと比べない。ほどほどにと考えたほうが気持ちが楽になります。
トラブルの種類によって違いますが、トラブルをあらかじめ想定して、周辺者は動いておいた方が安全です。一度でもあったトラブルなら、ルーズリーフに印刷して危機管理マニュアルを作っておくのも一つの手です。