始めに

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言葉での折り合いがつけられません

 発達障害の人との会話で、「この人、なんで、自分の希望ばかり口にして、相手の言葉を聞かないのだろう?」という流れになることも多いです。理由は、

「相手が何かを言っているのは、わかるけれど、俺の気持ちは、相手はわかっているので、それを伝え続ければ、受け入れてくれさえすれば、うまくいくだろう」
「事情はともかく、抑えられない。自分の希望を伝えているのに、理解力がないな。なんて、物分かりの悪い相手なのだろう?」
「俺が困っているのに、なぜ、わからないのだろう?」

 などなど、心の中は、そのことでいっぱい。
「希望通りにならない!!! キー!!!」
となるそうで、周りの人は、「自分の希望だけ叶えばいいと思ってるの?」と不思議でたまりません。症状を知っている人たちでも、「症状だとわかっているけれど、さすがに全部、合わせられない。こっちの都合もある」となっていき、それが続くと、「勘弁してくれよ」「さすがに悪気がなくても、疲れるよ」となっていき、最後は、「逃げる」という流れになりやすいです。

 言葉で、お互いに折り合いなんて、まず、つけられない。それが発達障害の人の症状です。自覚があっても、「わかっているけれど、つい、自己主張したら、相手が受け入れてくれそうに感じる」と錯覚するそうで、「受け入れてくれると錯覚する」という理由は、実は、相手の遠慮、気がね、全体を見ての判断、場の雰囲気から我慢しているだけ、本当はかかわりたくなくて逃げたかったけれど、言い出せないだけ。という状態だったりします。はっきり言われないので、発達障害の「当事者」は、「もっと、強く言えば、受け入れてくれるし、自分の意見が通るはず」と錯覚するようです。

 そして、受け入れてくれるかというと、「愛想をつかしてますが、わからないようです」という書き込みが多くみられるのが、実態のような気がします。「困っているのですが、いくら言ってもわかってもらえません」とお互いが言い合っている。それは症状からくるものですが、止まらない負の連鎖のような気がします。

「折り合いはつけられない」それをわかりだすのは「周辺者」のほうが圧倒的に早いです。慣れている人は、さっさと逃げます。親切な人、逃げられない立場の人が言い出せずに、ストレスが溜まっていき、ノイローゼになったので、会社を辞めましたなんてコメントも並んでいます。発達障害の当事者のほうは、「なんで、怒られたの?」「なんで、受け入れてもらえないの?」で、思考が停止します。

 自覚があり、発達障害者が「主張するのをやめる」という状態になるまでは、言葉の折り合いはつけられない。そういう症状です。

「当事者」が自覚して、当事者が症状を知る。それが抑止力となるようです。自覚していない発達障害者の人と言葉で議論は難しいようです。医者に診断を強制的に受けさせられる環境に、日本はなっていないので、結局、「医者に行かないまま、自覚ないまま、自己主張が強い、発達障害者がたくさんいる」という状態のままのようです。

ページの用語

「当事者」ASD、ADHDの症状がある人
「周辺者」アスペルガー、ADHDの周辺にいる人
「専門家」カウンセラー、精神科医