始めに

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間違ってないよ。気づけないだけだよ

 発達障害の人は、認知がゆがんでいたり、我慢できなかったりして、間違った判断をしても気づけない人がいます。
 問題点を指摘されて、「それでも、間違ってない。気づけなかっただけだから」という言い分をする発達障害者も多いそうです。
「気づけなかったのに、言い張ったら、間違っているのでは?」と聞いても、「だから、その時は、正しいと思っていたのだから、それで、気づけなかっただけでしょう? 間違ってないじゃない」と思い込んでいるそうです。定型発達の人からすると、その時の判断が間違っていたら、気づけなくても言い張ってはいけないのでは? と感じますが、「あとで気づいたから、いいじゃないか」と言い張ってしまうそうです。理由は、それも症状の一つだからだそうです。

 「間違った判断を言い張ってしまう」「理由があるから、謝らなくてもいい」この感覚があるため、定型発達の人は、「いくらなんでも」と感じるようになり、回数が多いと、「さすがにちょっと」となり、そして、それが、間違えても許されないケースもあるため、「いいじゃない。後で気づいたから」では、取り返しもつかないります。

 言い張られると、一般的な人は、遠慮をします。強く言い張るのなら、根拠があるのかもしれないとか、面倒な人かもしれないとか、忖度のような気持ちが働き、その場では言い返せない雰囲気になります。それが、のちに、「やっぱり、こちらが正しかった」となると、発達障害者の人は、「信用できない人」となり、やがて、「仕事を一緒にするとトラブルだらけの人」となり、「もう、仕事を一緒にしたくない」となっていき、「関わりたくない」までのレベルになります。このレベルになって初めて、「この人、ひょっとして、発達障害?」と気づかれる状態が、発達障害の症状です。

 「間違ってないよ、気づけないだけだよ」と流し続ける人の場合は、さすがに、「周辺者」のほうが、確認を行うほうがいいのですが、「これは確認しづらい」「相手の範囲だから口出しできない」というのがたくさんあるのが、日本社会です。発達障害の症状がわかってからは、「間違っていたかもしれない。ごめんなさい」と発達障害の人が言ったほうがいいのですが、インターネットの書き込みでは、最後まで「俺が正しい」と言い張られて、なんてものが多いようです。

 「気づけないだけ」がたくさん重なりすぎると、さすがに大変になります。相手の側に立って考えないといけないことは、たくさんありますが、「言ってくれたらいいじゃない」と言い張るASDの人も多いです。現実は、気づけないだけだとしても「それぐらいは、気づくべき」なんて場所もあるために大変です。その場によって基準が変わります。気づけないのは許されないケースもあるので、確認が大事になります。でも、確認しづらいケースは、どうしたらいいのか、その場で考えていくしかないようです。

ページの用語

「当事者」ASD、ADHDの症状がある人
「周辺者」アスペルガー、ADHDの周辺にいる人
「専門家」カウンセラー、精神科医