何とかして、意思の疎通ができないかと思うのが、ASD、ADHDの周りにいる「周辺者」の気持ちです。ASD、ADHDの当事者の気持ちは違います。「なぜ、自分の思ったとおりにしてくれないのか」となるようです。相手と意思の疎通を図りたいと思っているわけじゃなくて、「私を理解して、合わせてくれ」と考えてしまうようです。そのため、会話は一方通行になり、自分の言いたいことだけを言い、相手が何を言っても、理解できないとスルーしたりして、かみ合いません。
ASD、ADHDの「当事者」の願いは、「自分を理解してくれること」ばかりで、「相手を理解したい」とは、思わないようです。そういう脳の性質のため、会話をして、意思の疎通を図りたいと思うのは、「周辺者」となります。かみ合わないのはそのためです。お互いの希望が違いすぎます。「周辺者」はコミュニケーションを取りたいと思っており、「当事者」はコミュニケーションを取ることは、「周辺者」が自分を理解して、合わせてくれることと思い込んでいます。合わせられるケースの場合はいいですが、合わせてもらえないと、大変です。望みが違いすぎて、そのために問題が起きます。「周辺者」のほうが合わせてあげていたケースは、「周辺者」が疲弊します。「周辺者」が合わせないで、「なんで、そんなに失敗するんだよ」と「当事者」に言い続けるケースは、「当事者」が疲弊します。
ASDの受動型、ADHDの不注意優勢型の場合は、相手の話を聞いていられるケースもあるようです。この場合は、意思の疎通を図るのは、できたりしますが、ASDは認知が違っていることも多いですし、こだわりもあるので、トラブルはあります。ADHDは、ミスが多いけれど、なかなか直りません。このタイプの場合は、意思の疎通ができないケースのみ、話し合いをしてみて、様子を見て、行動していくしかなさそうです。
それ以外のASD、ADHDの場合は、「意思の疎通は、そもそも図れることは難しい」ぐらいに考えておかないといけないようです。図れないのだから、それを埋めるには、どうしたらいいのかを考えて、無理はしない、ほどほど、周辺者は合わせすぎないで、やっていくしかなさそうです。
遅刻をされたり、トラブルをそのままにされたり、ミスを何度も重ねて、取り返しがつかないこともあったり、いくらでもあるようですが、最悪のケースも考えて、あらかじめ予測して動けるのは、「周辺者」だけです。「当事者」はできません。予測できそうな範囲だけ、注意とチェックをして、それ以外で何か起こっても、「周辺者」は、自分の範囲を考えて行動しないと、難しくなります。怒っても限がないため、あまりに疲れている場合は、距離を取って、無理をしないほうがいいようです。