大抵の発達障害者が「障害かもしれない」とわかって陥るのが、「できる発達障害の人がやっているレベルまで行きたい」「定型発達の人がやっていることと同じ目標にしたい」「定型発達だらけの人の集まりと同じ幸せがほしい」という願いです。これは、目標にするのは、不可能だそうです。理由は、高学歴発達障害の人と同じレベルは無理ですし、家庭環境が違うかも知れないし、知的水準、教育水準、生活水準が違っていたら難しい。
よって、自分の生活環境と症状と、経済力、周りの人の力量と性格、などから考えて、できそうなことを、目標設定にする。ハードルは、最初は、割と高めの人が多いそうです。
「あそこの発達障害のグループで円満だから、私のところも、トラブルが無くなり、共同作業ができて、お互いの意志の疎通が図れなかった部分が改善し、誤解も解け、和解もできて、浮気を二度としないし、借金なんて、絶対にしなくなるし、そこが目標です」なんて、ことを望むと、まず、無理だそうです。借金は繰り返す人も多いし、和解も無理だし、トラブルは減ったかも知れないけれど、やらかすし、転職しないと言ったけれど、結局、配置換えで、大変だし、と言うのが現実だそうです。そして、それを「周辺者」は許すような諦めるような心境になっていく。症状の勉強を重ねると、「これは無理だ」とハードルが下がり続けます。借金や転職とかだと、お金が無くなって、もう、絶望的になりますが、そこまで行っていたら、さすがにどうするかと言うことになりますし、許容範囲は、人それぞれになるようです。
許容できないことだらけですが、下げ続けて、ハードルが、できあがっていくのかも知れません。グループでの誤解が解けて、和解して、仲良く暮すなんてことは夢のような感じのグループもいるようですし、望める範囲が思いっきり低くなると、やりきれなくなります。あまりに低すぎても、大変ですし、割り切れる範囲を模索していくことになるみたいです。
諦めきった後、希望を見いだして、もう一度、がんばろうと言う気持ちになって、やっと、落ち着き始めるようです。