症状の理解をするのが一番最初だと分かっていても、「当事者」「周辺者」の両方が、すぐには気持ちは作れないようです。まず、「受け止められない」となるからです。その気持ちを作るのに、時間がかかります。診察してもらったほうがいいのかと迷いだして、診察してもらうにしても、病院選びもあり、その病院で診察してもらうまでも時間がかかったり、そして、診察結果が出ても、どうしたらいいのか、迷い。そうやって、かなりの時間を費やしてしまいます。
症状の理解をしていこうとしても、ここでもたくさんの問題が出ます。個人差があるからです。本を読んでも、「自分には当てはまってないから、私は発達障害だと、周りに言われたけれど、違うんじゃないの?」と思ったり、「でも、結構、トラブルもミスもあるよな」と落ち込んだり、「障害なら、自分の脳の問題なら、自分のせいじゃなかったのはわかるけど、取り組んでもよくならないのだろう?」と思ったり、葛藤が続くようです。
症状を理解して、受け入れるまで、一年以上かかるのは多いようです。認知のゆがみも一つ一つ理解していかないと難しいです。何年もかかって、やっと、「自分とは、こういう人間なのか」というのが出来上がるようです。自分の取扱説明書を作るまでに、ものすごくかかります。ところが、その取扱説明書、マニュアルを作っても、実行はなかなかできません。障害と言われる脳ですから、とっさの時に、どうしても、脳の癖がでるようです。
「こういうことはしてはいけないんだ」と学習したり、「これをしたら嫌がられる」ということを覚えたり、繰り返し、経験していき、自分の苦手なこと、得意なことがわかっていくようです。
これらの作業は順調に行っても、数年はかかるそうで、モチベーションが下がって、継続できないことも多いので、何度も中断されるようです。「周辺者」も、「当事者」の応援をしたいという気持ちを作るもの、すぐにはできないようです。トラブルだらけで、大変だったのに、「障害だから、それを水に流すの?」となってしまうから、徐々に受け入れて、気持ちを作るにも時間がかかるようです。
取り組まない人の場合は、受け入れるまでに、ものすごく時間がかかったという、書き込みが多いし、おかしいと思って病院に行っても、診断名がコロコロ変わったという人も、多いようです。
数年間も、待ち続けるという作業を「周辺者」はしないといけないようですが、報われない作業であるため、苦痛となり、そのうち、疲れ切ってしまう人も多いようなので、ほどほどに、「とりあえず、状態が落ち着くまで待ってみますが、でも、期待はさほど期待していません」という気持ちでないと続かないようです。