始めに

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役割分担

 子供のうちに発見されたら、発達障害の症状の勉強をして、行動を学び、自己主張しすぎず、対応をできるようになるまで、かなりの時間がかかるようです。何度も、中断したり、挫折したり、嫌になったりしながら、親子関係を見直しをして、高校生ぐらいで、落ち着きますと言う言葉が多かったようです。でも、高校生になっても、全然、薬も効かないし、無理でしたと言うコメントをちらほら見かけます。

 大人になって発見されたら、どうなるかというと、何かの役割をやっているケースがほとんどで、それができなくて、トラブルに発展しているということも多いようです。それが家庭での、役割だとどうでしょう? 会計担当、雑事担当、食事担当に、全体の指示担当、など、結構、やらないと行けない役割だらけになります。実際にできるかというと、とてもじゃないけれど、回っていかなくて、大変です。「私が代行しています」「私が決めています」というコメントがたくさん見つかります。
 たとえて言うなら、子供で見つかったら、「そのまま普通級で通い、でも、療育を受けている」「特別支援級の方に入る」「通級を利用する」などの状態の人が、クラスの代表をしたり、会計や、書記などを担当するようなもので、定型発達が多いクラスメイトからしたら、「ちょっと難しいのでは?」と言われやすい状況ですが、家族だと、その役目をする人が他にいないと言う状態なので、やむをえず、やっている状態になり、当然、「この役割をやってもらわないと」なんて考えは捨てないと難しいようです。

 大人になって発見された場合、少しの応急処置程度しかできないケースがほとんどで、一般基準では、症状の勉強をしてもらい、その間は、決定権は持たない、判断できないことは人に聞く、でも、できるだけ自分のことは自分でやる、言い張らない。などの行動制限がかけられます。
 お仕事の現場では、ジョブコーチに頼んで、そのまま、その部署で仕事ができるというレベルの症状なら、そして、本人が自覚して、自ら本読み、対応をしていこうとする意欲のある人なら、そのうち、何年か経験していけば、トラブルは減っていくかも知れませんが、配置がえをしないと無理だろう。配置換えしても無理なので、行動制限がある部署に配置して、軽作業に回ってしまう症状の人で、自覚もなくて、本も読まなくて、症状の勉強などするわけもなく、怒ってばかり、なんて人だと、難しいようです。

 役割というものを、一般例と同じように、できるわけがないと考えないと、難しいようです。でも、これは、「当事者」が自覚している、症状を勉強している、自ら本を読んで、勉強していく意欲がある人は、なんとかなりますが、それらを一切してないのに、できるわけがなく、その場合、「周辺者」は困り果てて、「その行動をやめてください」と言っても辞めてもらえないし、トラブルは減らないし、フォローするにも限界があるし、となっていき、なかなか難しいようです。ここまで行っていたら、ファミリーコーチの派遣をしてもらわないと難しいような気がしますが、そういう派遣制度を無料で受けられたら助かるのにと思います。

ADHDの人がグループにいたら

 ADHDの人が職場にいたら、どうするかと言うと、トラブルが起きやすいので、二重チェックが基本になるようです。あとは、「トラブルは起るのが標準だと思って行動する」「聞いてない、覚えてない、わかってないと思って行動する」ということになるようです。つまり、この人がいなくても、回っていく体制を作っておき、そこに入ってもらう形で動いていかないと、難しいだろうと書かれていた資料があり、さすがに驚きました。ADHDの人が聞いたら、さすがに傷つくような気がしますが、薬が効いていても、行動も考えられても、環境も整えても、それでも「トラブルは起りやすい」というADHDの人は、確かに多いようです。薬と言っても、定型発達並みに、脳が機能するわけではないので、それに近づける感覚ですと書いているADHDの人もいました。

 薬も、必ず、全員に効果があるわけじゃないし、副作用もあります。ADHDの人が自覚している、薬を飲んで効果があった、対応を学んでいると言う状態で、グループ活動も二重チェックしていけば、トラブルは減らしやすいと言う方法を使うようです。

 では、職場じゃない、ほかのグループでは、どうかと言うと、ASDの場合と同じで、「トラブルを起こしやすく、聞いてない、覚えてない、わかってない人と一緒に動くと危険だから、この人以外の人で、仕事を回していきましょう」となっていくようです。でも、それで、短期間なら続けられますが、長期間になると、そこに人間として面白くないという感情も交じるので、複雑になるようです。できる範囲を手伝ってもらうにしても、自覚があり、症状が安定している人じゃないと難しいので、自覚してない、薬も飲んでいない、安定していないケースの場合は、その人以外で、回しているかも知れません。

 では、家族だとどうなるか。メンバーの人数が少ないため、その人の仕事を分担すると言うわけにはいかない状況も多数あります。そして、そのトラブルを起こしている人が自覚がなく、仕切りたがったり、聞いてない、覚えてないのに、自分が正しいと思っていたり、なんて状況ではまとまることは、まずないようです。その場合は、脳が落ち着かせないと何も始まらないので、「薬で脳を落ち着かせてから、グループ作りをしないと難しいでしょう」というお医者さんもいるようです。脳が落ち着かないと、会話すらままならないため、行動が落ち着かず、そこから始めないと、何もできないし、トラブルだらけのようです。では、家族の誰がADHDかによっても違ってきてしまうので、どうしたらいいかというと、その人は当てにしないで動くしかないと言うのを原則に持っておき、さらに「聞いてない、覚えてない、わかってない」という前提で、物事を進めていき、二重チェック体制を敷いて、メモで伝え合い、なんて行動で、グループ活動が必要になりますが、それが、すでにできない状態の家族なら、「諦めるしかない」「トラブルだらけ」「お金が無くなっても、使う人が言うことを聞かないのなら、難しい」「浮気をやめてくれと言っても、やめられないのなら、難しい」という、もう、家族からしたら、見放したくなるケースも多数あるようです。

「当てにしない」「聞いてない、覚えてない、わかってないと思って行動する」「二重チェックが基本」「重要なことはメモ書きで、わかるところに貼っておく」ということをしても、それでも、トラブルは起きやすいと心得て、「周辺者」が動いていくしかないようです。

 自覚がある、薬が効いているADHDの人と、自覚なし、当然、薬も飲んでもいないADHDの人だと、「周辺者」の行動が違っているようです。

ASDの人がグループにいたら

 ASDの人が、職場にいたら、どうしたらいいのかというと、いろいろな意見があるようですが、「ASDの人には、マニュアルを作って、渡す」「職場の人には、ASDの人の、禁止事項、注意事項をまとめる」と言う方法を取るような職場もなるようです。(ほとんどのケースはそこまでしてもらえないようです)人権問題も絡むため、周りの人は言いにくいため、扱い方は慎重にしないといけないようです。

 ジョブコーチの人がついて、職場環境を整えるにしても、動くのは現場の人だったり、上司だったりします。作業工程表を作ったり、それをわかりやすくする工夫をしてもらえたり、ついたてを作ったり、二重チェック体制を作ったり、シールを貼ったりして、物の配置を工夫したりしても、それだけでは、なかなか難しいので、ルール作りが必要になるようです。マニュアルを渡しても、すぐによくなるわけではなく、ASDの特長を持った人の脳が納得して、それに慣れる必要があります。そうやって、徐々にならしながら、禁止事項と注意事項を並べて、文章化して、例えば、「突然、話しかけるとびっくりします」「考える時間が必要なので、与えてください」「予定変更だと混乱するので、図式化して、渡してください」などの工夫をしていく必要があるようです。

 これらは、職場じゃなくても、応用はできます。ところが、職場以外で、ここまでの手間をかけられるかと言ったら、結局、「あの人に仕事を任せると二度手間だから、他の人で分担しましょう」となっていくグループが多数のようです。

 では、家族だと、どうしたらいいのかということになり、これらには、ファミリーコーチという指導者がいてくれたら、多分、定着していくかと思いますが、生活指導をしてくれる、お医者さんもいるようですが、これらは、自力で、家族内でやっていくことになり、なかなか定着もしないし、「そこまでやっている時間がもったいない。だったら、自分のための時間を使いたい」という欲求が強くなっていき、この辺の兼ね合いが難しいようです。やがて、支援疲れも起こしやすく、「もうやりたくない」という時期が何度も来るようです。マニュアルを最初から作ってくれるようなシステムが行政であれば、やっていけるかも知れませんが、そういう状態にはなりそうもありません。自分で、ある程度のマニュアル化はしておき、禁止事項、注意事項も貼っておき、でも、ある程度できたらいいねと言う程度の目標でやっていくしか、ないようです。

 ASDの人が、グループにいたら、トラブルは起きる。と言う前提で動くのがいいようです。

マインドフルネス

 発達障害者の周辺にいて、フォロー、サポートをしている「周辺者」は、ずっと、トラブル処理とサポートなどで、疲れ切り、やがて「支援疲れ」を起こします。

 さらにカサンドラ症候群の症状も持っていたら、とてもじゃないけれど、気持ちが続きません。リセットをしたほうがいいようです。

 その一つが、マインドフルネス。流行っているようですが、あるがまま受け止め、今を見つめる方法。ようは目的のために、感情をリセットして、平常心で臨めるようにするための、瞑想方法のようです。

 基本から、応用まで、段階があります。

基本は、呼吸法です。呼吸を整え、自律神経の乱れを戻すと言う方法で、マインドフルネスじゃなくても、いろいろなストレス解消法で、よく知られている方法になります。呼吸に集中して、気持ちをそっちに向けて、心を落ち着ける方法です。その後、五感を研ぎ澄まします。目の感覚。目に入るものを、そのまま捉えます。耳から入る音を、そのまま捉えます。どう感じるかを観察します。味もそのまま捉えます。どんな味がして、どんな食感かを考えます。触感を感じます。手に感じる感覚、足に感じる感覚を知ります。風の感触、大地の感触、触るものに対する感触を感じます。匂いを感じます。

 第二段階が、日常で、呼吸法を使い、今、ある状況を見つめて、その場でリラックスします。肩の力を抜き、全身の力を、そこで倒れない程度に抜いて、リラックスします。

 第三段階が、雑念を払う方法です。雑念を払うには、雑念一つ一つを、ファイリングして行き、解放する。雑念にネームタグをつけて、「さようなら」とそれ以上は考えない。この、考えない、心を解放すると言うのが、なかなかやっかいのようです。「さようなら」で済むような次元じゃないことも多い、「発達障害の症状」を、「さようならしたって、また、同じようなトラブルを繰り返しちゃうけど」となります。この辺の兼ね合いは、「当事者の責任の範囲までは負わない」というラベルを、一つ一つに貼って、ファイルを眺めます。「あ、問題ファイルがある」と眺めるだけです。そこに感情や解決策は要りません。眺めるだけにするそうです。
 その段階を経て、最後には、「さようなら」と脳内で、そのファイルを風船につけて、空に飛ばすイメージを脳内で繰り返すそうです。

 雑念が、トラブルが、怒りに変わることが多々ありますが、そういう場合は、「怒りを運動の方に回しましょう」という方法を使うようです。体力を雑念を考える方ではなく、身体を動かす方に使って、一時的に、逃避行動的なことをして解消する癖をつけた方がいいです。散歩がいいらしく、散歩中、雑念が出たら、雑念は、ラベルをつけて、空に飛ばし、それ以上は考えない。今の呼吸と、今の景色を見て、雑念が浮かんだら、空に飛ばしましょう。

 リセットするための、グッズも取りそろえていくと言いそうです。アロマ、音楽、絵画、ドラマ、映画など、気持ちを一時期にでも、違う方に向けます。よく、プロのスポーツ選手が、集中するために音楽を聴いていますが、あれと似たような方法になるようです。

 訓練すれば、数ヶ月で、リセットしやすい脳に変わるそうですが、ここで、一番大切なのは、「周辺者」にとっての、悩みの種は消しづらいものであるということになります。発達障害者の「当事者」の人が安定する状態まで行かないと、ずっと続きます。中には、「自覚がない、困り感がない当事者」というのがいます。この場合は、この人に関わるのは、私には手に負えないと、諦める心の作業が必要になり、それには、たくさんの心の段階を経て、やっと、落ち着いていくようです。最初の戸惑い、やがて、この人は、たくさんの症状があり、わざとじゃないけど、イライラする。と言う状態が続き、しょうがない部分もあるけど、腹が立つ自分の感情も自然のことなのだということで、段階を経て、落ち着いていく状態になれたら、とは思いますが、発達障害の「当事者」の人は、小学校で見つかっても、高校ぐらいまで、行動が落ち着かない人が多い。中には、高校になっても、暴れん坊といわれるレベルの当事者もいるようですし、でも、悪気がないけど、「なぜ、私がこんな目に?」と思う気持ちを持ちたくなるぐらい、一向に良くならない「当事者」も多いようです。無理せず、割り切れるようになれる時が来るといいけれど、当事者の状態を受け入れられない感情があるのなら、それもしょうがないと思うしかないようです。たくさんのトラブルや心の段階を経て、数年かけて、グループでの行動の立ち位置などがわかっていき、受け入れたり、拒否したり、流したり、そんな感情を経て、「周辺者」の心のあり方が決まっていくようです。

 マインドフルネスは、気持ちのリセット方の一つとして、取り入れてもいいのかもしれません。 

全部一位

 たくさんの考慮しないと行けない事情があり、さて、どれを優先したらいいのでしょう? というのは、子供から繰り返し、だんだんと年齢を経て、なんとなく、一般感覚を知って、選べるようになるのが、定型発達だとすると、発達障害の中で、ASDの人は、「全部、重要?」「全部、優先される?」「全部、一位だ」と感じるらしく、優先順位など、わかるはずもないという状態になるそうです。なぜかというと、たくさんの情報があると、ごちゃごちゃしすぎて、「どれが、どれ?」となっていき、やがて、「面倒だ。考えたくない」となり、「そのうち、嫌になり、放っておく」となるコースをたどりやすいらしいです。

 ところが、定型発達の人は、「え、そのままなの? いつまでも片付かないじゃない」となり、やがて、「ねえ、早く決めてよ」と言っている間に、忘れてしまう発達障害の人も多く、やがて、「何の話だっけ?」となり、「えー!!!」と周囲の人に怒られる。なんてことも、あちこちで頻発するようです。

 ADHDの場合は、「優先順位はわかります。が、我慢できない。どうしても、どうしても、これを選びたい!!!」と言う衝動性を抑えられないコースを選びやすいそうです。では、ここで問題です。「じゃあ、ASDとADHDの両方の症状を持っていたら?」

 「どっちかの症状が出る!!」そうです。どこかの歌詞で聞いたような、判断ですが、「当事者」の人は、それに違和感がないようです。

ワーキングメモリーに差があるらしい

 高機能自閉症のドラマがありますが、サヴァン症候群という設定になっています。一度見たことを完全に記憶できる能力があり、それをアウトプットするときに、一般の医者が思いつかない方法まで、瞬時に治療法を考えることもできると言う設定です。

 ところが、発達障害の人で、こういう能力の人ばかりじゃありません。脳の機能が一人一人違うからだそうです。海馬が優れているとか、ほかの部分が優れていると言うのもあるようですが、ワーキングメモリーの動きが、早くて良い発達障害の人も稀にいるそうです。ADHDの人は、ワーキングメモリーの機能が弱いと言われていますが、全員ではないそうです。個人差が大きく、とある俳優さんは、発達障害をカミングアウトしておられますが、母親のほうは、一度言われたら覚えられるけれど、過集中の状態が続きやすいため、問題が出やすく、やらないと行けないことを後回しにして、自分のしたいことをしてしまったりして、社会性に問題が出ている症状で、でも、息子である、その俳優さんのほうは、覚えることができなくて、テストが苦手だったそうです。お母さんのほうはワーキングメモリーが一般的か、優れており、息子さんのほうは、ワーキングメモリーの働きが弱かったのかも知れません。親子であっても、それぐらい差が出てしまうのが発達障害です。

 ドラマのお医者さんのケースは、表情は乏しいようですが、出ています。これが全く表情が出ないASDの人もいるようです。自己主張が激しくない、主人公ですが、インターネットの方で、『トラブルメーカーで困っています」というケースの大抵は、積極的に動こうとしてしまう自己主張が激しいタイプの発達障害で、ここも個人差があります。療育を受けているかどうかが、わかりにくいですが、もしも、受けているドクターなのであれば、感情処理なども、一応、学んでいるのでは、ないかと思います。相手の気持ちなども、絵などを使い、コミック会話というもので学んでいる場合もあるようです。

 インターネットで怒られやすいタイプの発達障害の人は、小さい頃から発達障害だとわかって、療育を受けている人よりは、大人になってから発見、もしくは疑いをもたれている人では、ないかと思います。そういう人とケースが違うので、ドラマはドラマとして、割り切って見た方がいいのかも知れません。

脳の錯覚

 発達障害の人が、なぜ、自覚がないのでしょうかと言う質問が多いようです。どうやら、脳の錯覚らしく、借金をしても、ミスしても、浮気しても、「なんとかなる」と勘違いする人が、時々いるそうです。多重債務となり、自己破産しても、「なんとかなる」「前にうまくいったから」と脳が錯覚するらしく、あまりに驚愕で、「自己破産しても?」と言うのが、定型発達の人からすると、理解がしづらい状態です。ところが、脳内物質のいたずらだったり、脳の器質的な問題だったりするようで、まだまだ、解明されてはいませんが、そういう事例はいくつか、あるようです。

 反対に、いじけやすい人もいるようです。ミスが多いのを気にしすぎる。「症状だからしょうがない」という開き直りが必要なのですが、まるで、自分自身の努力が足りないかのように錯覚する人もいるようです。こういうケースの場合は、励ましてくれる人が必要なので、家族が、けなすような場合だと自尊心が育たなくなるので、家族以外で見つける必要があるのですが、なかなか、難しい部分が多いようです。「専門家」に頼む場合、お金も必要ですし、そこの場所に行くにも、時間が必要です。中には、発達障害の病院や、行政の場所に行くのに、ものすごく疲れてしまい易いという発達障害者の人も多いようです。電車のシートの座り心地が嫌でしょうが無いと言うケースもあったようですし、騒音が一番、「どうしても苦痛です」という人もいるようです。ノイズキャンセラー機能があるイヤホンとか、利用しても、難しいのかも知れません。道が覚えられないとか、たくさんの経験を積まないと行けない部分を、家族が協力してくれて、できるようになるところまで育ててくれる環境とは限らず、そういうボランティアも、あまりないようで、介助犬などで付き添いボランティアを見かけますが、そういうボランティア制度があるといいのかも知れません。医療に補助がつくケースもありますが、交通費は自力だったりするわけですし、中には、補助は一切受けられないような、診断が出ないグレーゾーンの人もいます。が、悩みは深刻だったりして、そういう場合も、時間とお金が続かないことも多いようです。

 脳の錯覚から来るものでも、多数派と違うので、困ってしまうということはたくさんあります。左利き用の道具が少ないのと同じような感覚となります。右利きの人は苦労はあまりわからない。右利き用しかなくても、それを不器用に使わないと行けない。それが発達障害の人の行動の一つ一つになるようです。

グループの形

 発達障害の症状を持った「当事者」がいる場合、その人数と症状にもよりますが、グループの形が違ってくるそうです。「当事者」がグループと一緒に行動するか、別行動するかが違ってきます。

1一緒にグループ活動するけれど、制限あり

 学校だと、普通級のまま、症状の勉強などは、いろいろな方法をとる形のようです。会社だと、ジョブコーチなどを呼んで、指導してもらい、環境作りをして、「当事者」はグループ活動は制限があります。配慮してもらえることもあります。それ以外の場所だと、家族、親族、何かのグループだと、コーチ的な人が必要ですが、派遣してもらうにしても、お金もかかるし、大変になりますし、自力でやるにしても、精神科医や小児科医、児童精神科医などに、生活指導はしてもらったり、症状についての相談はした方がいいのかも知れず、かなりの工夫が必要で、それには、ものすごく時間をかけて、グループ作りが必要のようですが、してもらえないグループも多いようです。

2グループを一時期、離れてもらい、症状の勉強をまずしてもらう

 学校だと、特別支援級になるのかも、知れません。会社だと、配置換えを行い、「当事者」の症状に合った場所に、異動になるとか、そういうことになるかも知れません。その場所で、ジョブコーチを呼んで、環境作りをしてもらえるケースもあるようですが、実態は、よくわかっていません。ほかのグループですと、とりあえず、症状発覚時は、グループとして形ができるわけもないので、気持ちを落ち着けるのにカウンセラーに相談したり、発達障害者支援センターに相談したり、自分が何者で、どのような症状で、どうしたいのかを決めてもらい、それから、必要に応じて、診察を受けたり、行動指導を受けたり、環境作りをして、グループ活動に、また加わることができるのか模索していく形になるようです。ところが、取り組まれないグループ、もしくは「当事者」も多く、なんとなくで進み、長年停滞するケースも多いようです。どちらにしても、いつかは「当事者」が発達障害を受け入れ、対応をしていこうと言う気持ちがある場合が、こちらのケースとなります。

3グループ活動はしない

 学校だと、養護学校などの専門のところに行き、定型発達の生徒がいない場所になる野かも知れません。会社だと、配置換えしてもらっても、居づらくて、自らやめる。もしくは、不当な扱いを受けて、やめざるを得ないなどのケースも多いようです。そして、作業所などに通って、やる気が失って、などのケースも多いようです。作業所もピンキリのようで、なかなか、発達障害者の人が納得できるような場所ではないようです。それ以外のグループだと、もう、「周辺者」が疲れ切り、併せきれず、「当事者」が好き勝手してしまったり、見放されたり、そんなケースも多いようです。とりあえず、距離を取って、自分の責任でどうぞと言う形が最も多いようです。浮気、借金、転職、暴力、暴言などを繰り返す「当事者」も多く、こういうケースは、「周辺者」は、最初は、尻拭いしても、やがて愛想を尽かし、修復するのも不可能なケースも多いようです。「周辺者」が配偶者や子供の場合、保護責任はないため、二十歳を超えている「当事者」であり、責任能力ありとなる人の場合は、無理して行動しないケースが多いようです。こちらは、「当事者」が、発達障害を受け入れていないか、取り組まれないケースになるようです。


 責任能力ですが、一般的に言われているのは、「当事者」が二十歳を超えており、高校、大学などを卒業しており、さらに、就職までできているケースは、症状として重くないと見られ、「当事者」ができるだけ自分で、自分の行動の尻拭いをして、たとえ、借金しても、トラブルがあっても、転職を余儀なくされても、自分で、相談に行き、自分で考えましょう。と言うのが基準のようです。

 グループの形は、これ以外にもあるのかも知れませんが、とりあえず、あちこちで書かれていたものをまとめてみました。

ページの用語

「当事者」ASD、ADHDの症状がある人
「周辺者」アスペルガー、ADHDの周辺にいる人
「専門家」カウンセラー、精神科医