・障害の症状の問題で、トラブルを起こしている「当事者」「周辺者」の対応が悪いわけじゃないということを受け止めること。
・誰かを責め続けても、つらくなるだけ、加害者意識、被害者意識を持たない方がいい。
・障害の症状を勉強すること。ただし、神経質になりすぎる傾向があるので、漠然と受け止めたほうがいい。
・あの時、ああしておけばよかったという意識は、空に投げる。その時に気づける範囲で、「当事者」「周辺者」は動いていただけ。その意識があると、たくさんのミスが許せなくなるから。
・「私だけがこんなにつらい目に遭って」と感じる時は、症状の勉強もしない。周りの人に八つ当たりしがちな心境になるので、外に出て発散して、別のことで消化したほうがいい。落ち着くまで待つ。
・少し落ち着いてきて、少しは、症状が受け止められるようになってから、自助会、コメント書き込みをして、周りの人とつながるようにして、共感性を高め、自尊心を回復し、傷ついた心をいやしたほうがいい。
・孤立しないようにする。助けてもらえる人の確保をしておく。行政、家族など。ただし、素人の人は、気休めを言われておしまいなので、そういう人には、軽くぼやく程度にする。「専門家」に相談するにしても、すべての精神科医が、発達障害に詳しいわけじゃないので、しっかりとお医者さんは選ぶ。
・自分を許そう。対応が悪かったとしても、それは、障害が特殊で、簡単にはわからない人が多い症状で、見た目に出ていないから、気づいた時には、大変な状態がたくさんあるとしても、自分のせいじゃないと思ったほうがいい。
・自尊心を取り戻そう。自分の没頭できる、表現できる世界観を持って、自分自身の感覚を取り戻したほうがいい。映画、音楽、運動などの趣味などで、自分の感覚を取り戻すようにしていく。状態がひどい人は、無理なので、軽くやってみる程度から始めたほうがいい。
・割り切ることも必要。障害の症状を受け止める。生活のために、自分の立場のために、お金のために、割り切れるようなら割り切る。受け止めきれないのなら、受け止めきれないのが普通だと思って、流す。無理をしない。受け止められる範囲だけにしておく。
・障害の症状を受け止めよう。ただし、しっかりと症状の知識を調べてからにしたほうがいい。個人差がありすぎるため、ほかの人の症状が当てはまらないことも多い、合併症が多いので、その知識に振り回されない。未診断の場合は、似ている症状を参考程度に取り入れる。本来は、お医者さんに診断してもらう必要があるけれど、自ら医者にかかる「当事者」は圧倒的に少ないので、応急処置と考える。
・普通は目指さない、目指せない。見た目に出ていないだけで、脳の中は、混乱し、パニックしやすく、怒られても、わからず、説明してもらっても理解できず、「当事者」は、永久に「普通にはなれない脳である」という状態なので、普通を目指すと大変すぎる。
・立場は要求しない。普通の能力も要求しない。世間の基準には、絶対についていけない脳だと理解する。「周辺者」も同じように立場に合った行動はしなくてもよい。「障害の症状があるから、できない方が当たり前」と受け止めて、ある程度の社会適応はしないと回っていかないので、そこの折り合いをつける。自分で、基準を決めたほうがいい。
基準目標は、個人差がありすぎるので、個人が納得できる基準を決めたほうがいい。「当事者」「周辺者」の目標が違っていてもいい。共感できない症状だから、目標がずれているほうが自然であると受け止めたほうがいい。
・「当事者」が、その時に気づいた範囲で、その時にできる範囲でできたら、「それでよし」と考える。
「なんでできないの?」「私にも望みがあったのに」と考えがちだけれど、それらはかなえられないので、あきらめるように、徐々にシフトしていった方がいい。無理をしない程度で、できることを、スモールステップ、スローステップで進むのが、「当事者」にとっての普通の状態だと考える。大人で発覚していても、脳は未発達で、「未熟なまま」「子供感覚のまま」の人も多いととらえたほうがいい。自分の子供の時を思い出す。
・カサンドラ症候群の状態になっている「周辺者」は、義務、権利などに縛られず、社会的立場や、発達障害者の気持ちを優先することなく、自分の気持ちで決めるほうがいい。そうしないと、振り回されやすく、ぶれやすくなる。
大変になるけれど、自分が目指す基準を、「当事者」「周辺者」が決めたほうがいいようです。お医者さん、行政の人などは、細かい部分は気づかないので、言われたことに振り回されず、自分で決めたほうがいいようです。納得できるまで、考えた結果で、「当事者」「周辺者」が幸せと感じるラインでいいようです。ただし、借金、暴力、反社会的行動、「周辺者」に大変な迷惑になるようなことは除きます。上記に書いたことは、症状の程度が軽めの人、グレーゾーンの人の「周辺者」の言葉です。実際には、ものすごく重い症状の人もいて、どんなに症状を説明しても、自分の世界だけで生きていて、周りに興味なしのロボットのような動きをする人もいるので、そういう人だと、難しいようです。