日本国内には時差はありませんが、発達障害者の頭の中には、時差が多いことが多いようです。この場合の時差というのは、答えを求めたり、対応を求めたりしても、反応が遅いことになります。その理由は、考える時間が、ものすごく必要だからのようです。理解するまで、時間差があるため、「いつの返事ですか?」と言うのが突然、返ってくることがあります。発達障害かもしれないとわかるまでは「天然ぼけ?」と、思われている人も多いようです。答えがずれる。答えを出すのが遅い。その理由は、イメージしていることが伝わるのに、時間がかかるからのようです。本来なら、子供の頃に見つかって、療育を受けたり、適切な指導を受けたり、ご両親が教えたりしていけば、少しは、その部分が解消できるのですが、大人になるまで発見されない場合は、家庭環境で、教えてもらえない、親子関係がよくなかった、教師が見つけてもらえるほど、顕著な行動が見られなかった、と言う人も多いからのようです。親切な人や、教えてくれる人もいますが、それを、「相手の方が間違っている」と認識してしまい易いのが、ASD。わかっていても、「でも、俺はこれを選びたい」と思うのがADHD。そのうち、忘れてしまい、もめ事なんてなかった、トラブルなんてなかったと感じてしまい、何度も同じ間違いを繰り返しても、「この程度はよくあること」と流してしまうことが多い人が多いらしく、そういう人は、「自分のミスはなかった」と認識しています。ものすごい数のミスを続けていても、自覚がない人は多いようです。車にキー閉じ込みを一年で、何度もしていたり、鍵を、スマホを、めがねをなくしても、「それでも気にしない」というADHDの人もいるそうです。金額的に、かなり大変な状態になっていても、「別にいいじゃないか」となり、誰かが「助けてくれるから」と安易だったりするようです。さすがに、金額が大きくなると、「付き合いきれない」と、周りはなりますが、ASDの人は、自分の側からしか物事を捉えないので、深刻度がない人も多いようで、怒られたら、「うるさい」で、おしまいの人も多いようです。流す癖が強い人が、障害がわかり始めて、自覚して病院の受診を勧められて、そのとき、「大丈夫ですよ」と言われて、安心する人も多いようですが、この場合も、受診時の受け答えは、「当事者」が「問題ない」と答えていたりするから、医師の方も、「問題がないだろう」と判断しているケースも多いようです。後に、きっちりと調べてくれる医師に受診したら、診断が出てしまったと言う人も多いようです。
障害を自覚するかどうかで、診断に差が出ます。それも、時差に関係があるようです。自分のトラブルを自分の側からだけじゃなく、周りの側からの意見も取り入れて考えられるようになっているか。周りの感覚をわかっているか。この部分で、時差ができるようです。
時差を埋めるには、発達障害の本をしっかりと読んで、障害の症状を勉強して、理解しているかどうかが重要のようです。気づける時期が来る「当事者」ばかりじゃないそうです。一生、周りのせいにする。もしくは、「俺はおかしくない」「この程度は許される」という障害者も多いようです。自分の側からだけじゃなく、「周辺者」の側から見た状態を把握できるかどうか、それにかかっているようです。ASDで本を読んで理解できる障害者なら、理解してくれる時期が来るかもしれませんが、ADHDを併発している人、ADHDで、本を読んで理解するのが難しい人の場合は、子供向けの本で理解を深めた方がいいかもしれません。わかりやすい絵で説明されているものも多いようです。