始めに

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アイデンティティの作り替え2

 「アイデンティティの作り替え」の時は、住んでいる国が違うと書きましたが、障害の自覚をするまでは、その国の基準で動いてしまうのが、自然だと思っています。ところが、自覚した途端、「帰国子女」のような感覚になってしまうようです。発達障害の「当事者」は違う国に住んでいるとは思っていませんし、帰国したつもりもありません。周りから見ると、そう見えると言う状態になります。多数派が定型発達で、「当事者」は少数派なだけで、多民族国家だとよくあることですが、日本は、琉球やアイヌなどの民族もありますが、一応、単一民族となっています。そのため、地方習慣が違うというのは、たくさん存在しますが、基本部分の基準は、一応知っています。でも、発達障害の「当事者」は、知らない、気づけない、気づかなかった、教えてもらっていても、自分が正しいと思っていた、などいろいろな理由で、わからないまま、自覚ないままの状態で、大人になってしまっているケースも多いようです。
 自覚する人が、とても少ないと言われている、ASD、ADHDの症状の人たち。理由は、自覚しているのなら、その部分に気づいており、少しずつ改善されるから。改善できないぐらいまで、脳の状態が、それに違和感を感じないようです。

 そんな人たちが、いきなり、「帰国子女?」「日本にずっと住んでいたのに?」と戸惑う状態が、自覚し始めたときです。アイデンティティは、そこまでで、すっかりとできあがっています。文法だって、自己流で、基準も自己流で、違和感は、少しはあるけれど、「周りが悪いんだ」「この程度は許される」もしくは、それに気づきもしない。と言う状態から、「あなたの基準は、言葉は、文法は、日本人の多数派の基準と、ちょっと、違ってるよ」と言われて、帰国してすぐに適応は、できないようです。

 思い込んでいる基準も一人一人違います。理由は、それぞれの育った環境と、持って生まれた性質によって、「こだわる部分が違う」から、だそうです。よって、ASD、ADHD同士なら、わかり合えるんじゃないか? というのは、難しいようです。「同じこだわりを持っている部分が多い人同士の発達障害者なら、わかり合えるかもしれない」となるようです。つまり、同じ性質を持っていても、違う国の習慣を身につけて、違う国の感覚や考えを持ち、文法も日本人の多数と、いくつかずれており、認知のゆがみや、独特のこだわりもあり、自己他者同一視もあり、と言う状態が、ASDの症状を持っている人の状態のようです。帰国した国も、住んでいた地域も違う、それがASD一人一人の特性になるため、帰国子女と言いながら、ASDの人同士も、わかり合えるというのが難しいため、助け合うと言うことも難しく、グループ活動も、「当事者」同士でも、難しいようです。

 アイデンティティは、「当事者」が自分のペースで、帰国子女と同じなのだから、ゆっくりと適応できそうな範囲を、適応できそうな速度で、していくのがいいようです。できない範囲は、無理をせず、「これは、どうしてもできない」と捉えて、周りの人と、その部分を話し合って、環境を変えていく必要があるようです。

ページの用語

「当事者」ASD、ADHDの症状がある人
「周辺者」アスペルガー、ADHDの周辺にいる人
「専門家」カウンセラー、精神科医