発達障害の人のコメントでよく見かけるのが、失敗して、何が問題なのかがわからない。後で問題点を教えてもらって、初めて気づくというもの。「あらかじめわかりそうなものじゃないか」と言っても、あれこれ考えすぎてしまうそうです。あれも、これもと考え、ごちゃごちゃしてしまい、結論が遅れるのがASDの人に多いそうです。あれもこれも考え、そのうち、忘れてしまうのがADHDの人に多いそうです。結論を出すときに思い込んでいることが良くあり、それが正しいと思っているので、言い張るASDの人も多いようです。言い張らなくなる人の場合は、指摘されて、自分で症状からくるものだと理解して、どういうことをしてはいけないのか、嫌がられるのかを知っている状態になるようです。抑止力が働く状態になるそうですが、そこまでの境地に達するには、かなりの問題を自分なりに納得できるように理解していないと難しいようです。
発達障害者の人のトラブルの場合、発達障害の症状の原因を「当事者」「周辺者」の両方が把握していないと、お互いにやっていけないそうです。ところが、「当事者」「周辺者」も、そこを甘く考え、「相手が妥協すればいい」と考えていて、見た目に出ていない発達障害者の場合は、わかりづらく、言葉もしっかりしている人の場合は、脳内で、一般の人と動きが違うとは見えないため、会話もできるために、「強情な性格」と錯覚して見られることになり、周りの人が、「これぐらいできるだろう」と強要することも多いようです。障害を受け止めていない「当事者」「周辺者」だと、足踏みがそろわないため、受け止めるまで待つしか無いそうです。受け止めてからも、症状理解を進めて、トラブルを減らし、やがて、「ここまでしかできない」「これは苦手なのか」「ここはフォローがいるのか」と言うハードルが下がっていきます。ハードルを下がりきるまでが、大変で、下げるのを嫌がる発達障害の「当事者」も多いようです。そのハードルが「できるはず」と、思って、周辺者が要求するのもだめになります。
小児科医が勧めているのは、「楽しんで取り組めることだけやっていきましょう。無理してやらせないように」となっています。でも、大人になってから発達障害の症状がわかったケースの場合は、症状は軽度の人も多く、でも、会話での違和感がたくさん起こる状態で、そのために、「楽しんで取り組めることだけやっていきましょう」なんてことは、仕事や家庭、グループでは許されることはなく、「あなたがやってくださいね」と要求されてしまい易いので、カミングアウトをしているかどうかが重要となり、それをしていないのなら、性格的に、「こういうのが苦手なので、お願いします」と「当事者」が自分で発信していかないと行けないようです。「当事者」「周辺者」の両方が、足並みがそろって無ければ、難しいので、症状の理解と受け止めを、徐々にしていき、ハードルを下げる作業を繰り返して行くしか、しょうがないようです。