ASD、ADHDの「当事者」の人はできないことが多いようです。限界があり、持って生まれたものなので、本人に責任はないと思われがちですが、実際は違います。知的障害を伴わないために、できない範囲に対して、責任が全くないかというと、そうではないようです。
それで、できないことを職場や家庭で、代わりにやってもらえばいいという、間違った認識を持った発達障害の「当事者」が時々います。周りは自立支援で考えています。本人は、できないから、代わりにやってもらおうとする。「やってもらえばいい」「世話してくれるから、ほかのものも頼んじゃえばいい」「嫌がってなさそうだから、ずっとやってくれるはず」と勘違いします。実際は、発達障害だとわかるまで、手助けをしているつもりの発達障害の周りにいる「周辺者」たち。ところが、ASDもADHDも脳の動きから、「やってくれるのだから、永久にやり続けてくれるはず」と勘違いしてしまう人がいます。助けるにしても、特有のこだわりや、自分の方法をとりたがったり、了解を取らないでやってもらおうとしたり、トラブルになりやすい。当然、次からは、「周辺者」は警戒し始めます。そして、どんどん助けてもらえなくなる。「この間まで、助けてくれたのになぜ?」という状態に陥ることも多いようです。
持論を振りかざす人も「当事者」に多く、グループ行動をするときにはまとまりません。「周辺者」は一般感覚で考えます。発達障害の症状があるとしても、一般的に、苦手なことが多い人に対して、自立支援的な考えで、補助をしようというのが一般的です。障がい者自立支援の考えも同じですが、本人の範囲というものがあり、本人が責任を取ったり、判断したり、できるだけ自分でやってもらって、あくまで補助のつもりで支援をしたいと思っている「周辺者」が多いですが、「当事者」は、できれば、ミスが多いので、代わりにやってくれるなら、そのほうが嬉しいし、楽だと勘違いして行動する発達障碍者もいます。この意識の差が、問題となり、「やってくれるんじゃないの?」「え、わたしがやるの?」という意思の発達障碍者だと周りの人が嫌がります。暗黙の了解があるので、範囲は、ケースによって違ってきていて、言いだしづらい環境の中で模索され、「いつまでカバーしないといけないのだろう?」「前に教えてあるのに、なぜ、自分でやっていこうとしない?」「前と同じような失敗をしたのだから、それを繰り返されても」という意識の差が、どんどん埋まらなくなり、周囲の人が、「このまま助け続けると、つらいので無理だ」と、完全にやってもらえなくなってから、「実は発達障害だった」ということが発覚というのも少なくないようです。この時点で、気の優しい「周辺者」がそばにいたら、知らぬ間に「共依存」のように「当事者」のほうだけ思っています。「周辺者」のほうは違います。だんだんとトラブルも多いし、助け甲斐もないし、変なことを言い張るし、疲れ始めて、共依存ではなく、サポートのつもりなのに、「なんで、自分でやらないの?」となっていて、お互いの意識はものすごく差が開いています。
実際に、仕事の場では、「自分は発達障害なので、周りの人が俺の代わりにできない範囲は全部カバーしてほしい」という要求は通るのかと思ったら、職場によってまちまちのようです。ほとんどが、対人スキルが不必要な配置に、どんどん配置換えになったり、時には、「もう、君はちょっと無理だと思うよ」とはっきり言われたり、などが多いようです。職場に一人混じる発達障がい者に自覚なく、周りにカバーされている意識がなく、むしろ、周りのカバーは、「あの人たちが望んでやっていることだから、知らない」と思っていて、そこを気にしていないし違和感がない発達障がい者も多くて、職場相談で、「もしかしてASDのようですが、私たちは仕事にならず、ほかの人たちの2倍の量の仕事をしているのです。職場の数人で、その人の仕事の分をカバーしないといけなくなり、その人が何かやらかしそうなので、何度も確認しないといけないため、二度手間です。疲れ果てています」なんて書き込みまでたくさん見つかります。
なぜ、こういうことが起こるかというと、最初の、共依存の状態になっていても、違和感を持たないのが発達障害の人の特徴にあり、なぜ違和感を感じないかというと、他者と自分との距離感がつかめないこと、相手の立場に立てないこと、絶えず、自分の側からしか見たことのない風景で、今まで生きてきたから。そのため、指摘されても、相手は一般的に対応を求めているだけなのに、「あなたたち変よ。私は正しいのに。ひどいわ。いじめよ」なんてい被害者ぶってしまうケースも多数。生まれてこの方、本人は、他者から見た自分は考えることができないので、教わってもいないし、わからない人も多いからのようです。
自立支援の感覚を持つ「周辺者」と、共依存が居心地がいい「当事者」の感覚の違いは歩み寄るのは難しいようです。「当事者」が自覚があるかどうかで違ってきます。そして、症状が本当に重い、ASDやADHDだと、どうしても自分本位な考え方が自然となってしまい、周りとはうまくいかなくなるようです。共依存を望む「当事者」の場合は、「周辺者」は、無理して合わせる必要がない。というのが一般的な「専門家」たちの意見のようです。自立支援法も同じ考え方で、それが一般的だからです。発達障害者が児童の時に、一人だけ、勉強ができなかったり、運動ができなくても、代わりに宿題をやるということは、ほとんどないからです。その児童ができるように指導がされます。
発達障がい者が、本当に自分でやろうと思えるような場合は、受動型のアスペルガー、不注意優位状態のADHDの「当事者」の中で、症状が軽い人が多いようです。
代わりにやってもらいたがる発達障害者から頼まれ続けたら、「周辺者」は無理をしないほうがいいと思います。発達障がい者の「当事者」は、自分ではどうしようもないことなのだから、大目に見てほしいと思うようですが、現場の目は、知的障害が伴わないので、そうもいかない。というのが一般的なようです。