始めに

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マニュアルを作ろう

 日常生活の何気ない困りごとが、ASD、ADHDの「当事者」にはあります。個人レベルでのマニュアルを作った方が安全です。
 遅刻が多い人には、遅刻しないようにするためのマニュアルや、逆算でペース配分ができないASD、ADHDの「当事者」のために、予定表を作ってみたり、そういうものを、「周辺者」が「当事者」に聞いて、マニュアル化して渡すのも一つの方法です。
 白紙のルーズリーフにマニュアルを印刷して、確認するのもいいかもしれません。

 マニュアル化するもの

会話集
 軽々しく口にしてはいけないルールを作る
 
感情的になった場合の対処法
  一度休む、深呼吸する、など。

マナー集
 冠婚葬祭、ビジネスマナー、言葉使いや、時間の使い方など。個人的に気を付けることなど

誤解されやすい行動集
 一度でも失敗した例の対応方法など



変更するときは、今後のことも伝える

 あらかじめ伝えておいた予定行動から変更することもいくらでもあります。ASDの「当事者」には、変更理由は、あれこれ言わず、わかりやすく、感情を交えずに報告にとどめ、今後の予定も事務的に伝えたほうがいいようです。
 予定が狂うと、「困る」と言い張る「当事者」もいます。すべて聞いていたら限がありません。折り合いをつけながら、どうすればいいのかを「周辺者」が判断したほうが、スムーズに運ぶ場合も多いですが、相手が年長者や気を使う立場だと言いづらいです。その辺は様子を見ながら、根気よく伝えていくしかなさそうです。ただ、「当事者」に合わせて、トラブルになりそうな場合は、「難しいでしょう」とはっきり伝えたほうがいいようです。

 今後の見通しを話しておいても、聞いていない、もしくは理解できないASDの「当事者」もいるようです。理由は、「予定変更なんて、困る! どうしよう????」と頭の中がいっぱいで、脳が反応しなくなる状態もあるからです。冷静になるように落ち着かせてから、再度、伝える。何度も確認をするなど、「周辺者」が配慮をした方がいいケースも多いようです。
 ただし、ASDの「当事者」によっては、予定変更を詰ってくるケースもあります。いちいち聞いてしまうと、嫌になりますので、ある程度は聞き流さないといけないようですが、しつこく嫌味を言われる、詰り続けられるなど、困った行動をするASDの「当事者」もいるようです。その場合は、「周辺者」は、合わせすぎず、聞き流しつつ、「とにかく、問題を最小限に、うまくいくこと」だけを考えて、無理をしないほうがいいようです。嫌なことを無理してやってしまうと、ASDの「当事者」によっては、無理をしてもらったなんてことは気づかずに、「前にやってくれたのだから、今度も」と言い張る人もいるようです。「周辺者」が兼ね合いを考えて、判断したほうがよさそうです。

感情抜きでやることを話す

 ASDの当事者は、相手の感情に対しては興味がありません。言われても、「???」となるだけです。そういう話を入れると、「何が言いたい?」となり、わからなくなる人もいるようです。

「○○○は、私は嫌だったからやめて。それで、次からは、こっちのほうがいいかな? どっちにする?」
  →「次からは、これにしてください」

「早くしてください。終わらないの? 急ぎで頼まれている用事があるんだけど?」
  →「急ぎの用事があります。あと、何分かかりますか? 時間に余裕があるのなら、こちらを優先してください」

 相手に気持ちを確かめないで、頼んでしまうのは、相手を尊重していないかのようで、「してもいいのだろうか?」と「周辺者」は迷います。一般的には、説明をして、相手の意思を確認してから決めますが、ASDの「当事者」と意思の疎通がはかれないケースはいくらでもあります。決められるのなら、「周辺者」が判断して指示を出すほうが、よい場合も多いです。

 もめそうな場合は、事務的に話す、ビジネスライクに話す。そういう方法しかない場合もあるようです。言い張られても、トラブルになっている原因が、自分にあることを説いても受け入れない「当事者」も多いため、無理して、「当事者」の言い分を聞く必要はなく、流したほうがいいケースもいくらでもあるようです。

ホワイトボードと黒板ペイント

 ADHDの症状を抑えるにはメモが欠かせません。そのために、メモ帳は必須ですが、それ以外だと、ホワイトボード、黒板なども活用できます。100円均一ショップのものを買ってきて、自分がいつも見るような場所に張り付けて、メモ代わりに使います。色ペンを利用して、自分が気になること、忘れてはいけないことなどを書いておきます。

 地域によって違うのかもしれませんが、家のポストなどにマグネットシート型の広告が入っている場合があります。そういうものが溜まっているので、それを活用してみました。ホワイトボードシートを買ってきて貼ったり、紙やすりで削ってから、黒板ペイントで塗ったりして使っています。ホワイトボードシート、ホワイトボード用のペン、黒板ペイント用の塗料、チョークはすべて、100円均一ショップで手に入ります。大きさが小さくて、ちょっとしたメモ書きに活用できるし、貼り付けられる場所も多いので、玄関、冷蔵庫、洗面台のそばなどに貼り付けて使ってみてもいいかもしれません。

 色で使い分けて、忘れないようにメモをして、ミスを減らすのもいいかもしれません。

発達障害ライフサポーター制度

 子供が発達障害だと、ペアレントトレーニングや療育など、ケアがあります。大人になってからの発達障害だとジョブコーチをつけられる人もいます。SSTで、社会スキルの講習もやっているようです。でも、そこまでの状態じゃない人や普段の生活で、「当事者」「周辺者」を含めて、「生活の家庭教師」がいたらいいのにと、とある外国のテレビ番組を見て思いました。子供が親の言うことを聞かない。でも、親の指導のほうも、子供に合ってない。それに対して、付きっ切りで乳母のように、子供と親の両方に注意や指導をしている番組でした。日本でも、こういう制度があったらと、そのときに思いました。

 介護ヘルパー制度があるのだから、発達障害の症状が出ている未診断状態でも「ヘルパー」さんがいたら、いいのにと思いました。発達障害のライフサポーターとして、各家庭に派遣してもらって、生活での、様々な困りごとの相談に、マンツーマンで教えてもらえる。そういう制度があったら、どれだけの人が助かるのだろう? そう思っています。本当は、発達障害の状態に詳しい臨床心理士や精神科医の指導が直接受けられたら、いいですが、人数的には難しいので、そういう人の指導を受けながら、サポーターを派遣する、そういう制度を、「発達障がい者支援センター」の主導で、やってもらえたら、だれもが利用したいのではないかと思います。SSTは病院や療育センターで行っているようですが、トレーナーの人だけじゃなく、サポーターさんが、学校や何かの団体での指導も行えたら、発達障がい者に対して、みんなが「どうすればいいのか?」が分かる。そういう人を増やして、支援をしてもらえたら、「当事者」の不安はものすごく和らぐし、「周辺者」も疲れ切ることがない。そういう制度ができたらいいなと思います。ヘルパーのように二級、三級など資格制度を作って、講習とテストで、発達障害の症状とケアを覚えて、臨床心理士、精神科医の指導のもので、派遣される。何かあったら、精神科医、臨床心理士と相談のうえで決める。子供の時に高密度で発見されやすい環境が整っていたらと思います。療育を受けることができなかった、大人になってからの発達障害が発見された人のための、ケア制度を作ってほしい。

 ユニバーサルデザインというのが普及し始めていますが、ソフト面では、まだまだで、どんな人でも利用できるような、「ライフサポーター」がいたら、もっと、うれしいなと思います。どうか、行政さん、「そういう制度を作ってください」。

カサンドラ対処法2

 カサンドラ状態が長引く人、良くなっても、すぐに気持ちが下がってしまう状態の人も多いようです。理由は、「当事者」が、自分のほうに問題があることが分からず、「周辺者」を責め続けたり、世話を焼いても、「周辺者」のやり方が悪いと言い張られたり、対応がかみ合わなかったりが続いてしまうからのようです。
 努力しても、難しいのが、ASD、ADHDの症状です。本人に悪気はありませんが、「でも、実際に接して、フォローし続けると、疲れちゃうよ」というのが「周辺者」の本音になります。

 乗り切る方法としては、

相手に期待しない
やれない範囲は無理をしない
割り切る
状況をある程度は受け入れる覚悟する
できないことはあきらめる


 などになりますが、それ以外の方法だと、

トラブルを笑い話にして、誰かに聞いてもらう
自分の趣味を見つけて、楽しい時間を作る
自分が自信が出ることをしてみる
髪形を変えて、きれいに化粧して、服装も普段気ないものを着て、別人になって、お買い物に行ってみる
お笑い番組を見る
失敗談を、漫画チックにして、ブログに綴ったり、二次小説っぽく仕上げてみたり、自分の身に起こったことじゃなく、遠いどこかの世界の、違う誰かに起こったかのようにして、自分の脳を錯覚させる
配偶者は「ATMだ!!」「ドライバーだ」「宇宙人だ」「猫型ロボットだ」と思い込む
アドラー心理学を参考にしてみる
何を言われても気にしない
自分で自分を思いっきりほめてみる


 などなど、人によって、ネットに方法がたくさん載ってました。

  トラブルになっていることによってはPTSD状態になるものが含まれているのなら、自信を取り戻す方法や別人になる方法も有効のようです。髪形を変えたり、化粧をして別人になるのは、外見がかわいいと気分が上がるというのは、災害時にメイクをしてもらって「気持ちを変える」方法として、取り入れられているようです。漫画チックにするのも、記憶を切り離して、ショックを和らげ、そのトラブルを客観的にみられるようにしていく方法のようですが、心がある程度落ち着いてからにした方が安全です。「気にしないようにする」というのは、余裕がない時だと、難しいと思います。そういう時は、「気にしない、気にしない、気にしない。何を言われても気にしない」と呪文を唱えてみてください。自分の心に暗示をかける方法で、効くかもしれないし、効かないかもしれない。やってみるだけ、してみてください。「自分で自分をほめてみる」というのは、「私なりに、がんばっている。精いっぱいやっている」と言うことで、こちらも暗示効果になります。

 自分に合った方法を見つけるのがよさそうです。

質問の答えが違う理由

 質問されて、返答に困るアスペルガーの「当事者」が多いようです。理由は、質問の意図が伝わっていないから。長い質問だと、

「どこが一番重要?」
「どういう意味?」
「なぜ、そんなことを言うの?」
「また、私は失敗したのか?」
「あ、それより、あっちが気になる」
「そういえば、それに関連して、昔、こんなことがあった」
「お腹が空いてきたなあ」
「あ、こんな時間だ」
「コーヒーをコンビニに買いに行こう」

 のように、関係があることや、ないことが「当事者」の頭の中を駆け巡るらしく、黙ってしまうか、ちぐはぐな答えを出して返事をしてしまいます。これを防ぐには、「周辺者」のほうが歩み寄るしかないそうです。「当事者」は、わからないときは、はっきりと「わからない」と言わないと、「黙認した」と「周辺者」に勘違いされて、そのまま進んでしまい、取り返しのつかないときになってから、「わかってなかった」「変更してほしい」と言ってしまって、トラブルになることもあります。
 ADHDの「当事者」も聞いていないケースが多く、気が散りやすく、忘れてしまいやすいようです。

 確認はとても大切で、「当事者」は、「わかったふりをしない」「わかったつもりでも、確認しよう」と心がけたほうが安全です。「周辺者」は、何度も確認するしか方法はありません。チェックシートを作って、あらかじめ渡す。作業計画書を作って、何度も確認する。などの安全策を取るしかありませんが、時間がないケースもあるので、状況と時間に合わせて、できるだけ確認を心掛けたほうが安全です。基本的には、「相手は理解できていないだろう」「忘れてしまうだろう」と思っておいた方がいいようです。

何度も説明しても、忘れる

 大人になってから、ASD、ADHDと分かってからの対策をしても、なかなか改善しないようです。
「何度も注意して、『分かった。やめるね』と言った筈なのに、その日のうちに、同じ間違いを繰り返すのは、なぜでしょう?」という書き込みをいくつも見つけました。理由は、マイルールで脳が出来上がってしまっているから修正したくても、脳がとても頑固になっていて、難しいから。そして、苦痛であれば、あるほど、忘れてしまう脳だから。

 注意しても、治らないのを、何度も繰り返されると、「周辺者」はイライラしてしまいやすいです。でも、イライラしても直らない。イライラされたら、「当事者」も、「これだけがんばっているのに」と思ってしまいやすく、お互いに、「なんとかして!!」という心の状態になります。手助けしすぎるのもよくないし、かといって、何もしないままだと負担がどんどん増えるだけになり、加減が難しいようです。しかも、素直じゃないASD、ADHDの「当事者」も多いため、そういう人だと、「周辺者」は、「もうついていけない」とさじを投げたくなります。無理をしないほうがいいというのがたいていの意見です。相手に求めてもいけないし、自分のほうも求められてもいけない。お互いに、「ほどほどで」と言い合えたらいいですが、「周辺者」のほうはできる人も多いようですが、「当事者」は、できない場合も多いようです。

 何度も説明しても忘れるからこそ、治らないからこそ、「症候群」「障害」として、名称までついてしまう状態なので、「あきらめるしかない!!」ようですが、だからといって、「周辺者」は無理をしない。「当事者」によっては、言葉の暴力のようなことを言われてしまうケースも多いし、反対に「当事者」のほうが被害妄想気味に受け止めてしまうケースも多いようです。

「お互いに気にしないように、ほどほどの距離で、相手に求めすぎない」というテーマを作っておいた方がいいようです。ただし、「当事者」は、こだわりが強い人も多いので、「ほどほどは、できない」というケースも多いようなので、何を言われても、気にしない。ひどいときは耳栓をして作業する。音楽を聞いて作業する。違う部屋に行って作業するなど、物理的に離れるのも一つの方法です。

意思の疎通は図れない

 何とかして、意思の疎通ができないかと思うのが、ASD、ADHDの周りにいる「周辺者」の気持ちです。ASD、ADHDの当事者の気持ちは違います。「なぜ、自分の思ったとおりにしてくれないのか」となるようです。相手と意思の疎通を図りたいと思っているわけじゃなくて、「私を理解して、合わせてくれ」と考えてしまうようです。そのため、会話は一方通行になり、自分の言いたいことだけを言い、相手が何を言っても、理解できないとスルーしたりして、かみ合いません。

 ASD、ADHDの「当事者」の願いは、「自分を理解してくれること」ばかりで、「相手を理解したい」とは、思わないようです。そういう脳の性質のため、会話をして、意思の疎通を図りたいと思うのは、「周辺者」となります。かみ合わないのはそのためです。お互いの希望が違いすぎます。「周辺者」はコミュニケーションを取りたいと思っており、「当事者」はコミュニケーションを取ることは、「周辺者」が自分を理解して、合わせてくれることと思い込んでいます。合わせられるケースの場合はいいですが、合わせてもらえないと、大変です。望みが違いすぎて、そのために問題が起きます。「周辺者」のほうが合わせてあげていたケースは、「周辺者」が疲弊します。「周辺者」が合わせないで、「なんで、そんなに失敗するんだよ」と「当事者」に言い続けるケースは、「当事者」が疲弊します。

 ASDの受動型、ADHDの不注意優勢型の場合は、相手の話を聞いていられるケースもあるようです。この場合は、意思の疎通を図るのは、できたりしますが、ASDは認知が違っていることも多いですし、こだわりもあるので、トラブルはあります。ADHDは、ミスが多いけれど、なかなか直りません。このタイプの場合は、意思の疎通ができないケースのみ、話し合いをしてみて、様子を見て、行動していくしかなさそうです。

 それ以外のASD、ADHDの場合は、「意思の疎通は、そもそも図れることは難しい」ぐらいに考えておかないといけないようです。図れないのだから、それを埋めるには、どうしたらいいのかを考えて、無理はしない、ほどほど、周辺者は合わせすぎないで、やっていくしかなさそうです。
 遅刻をされたり、トラブルをそのままにされたり、ミスを何度も重ねて、取り返しがつかないこともあったり、いくらでもあるようですが、最悪のケースも考えて、あらかじめ予測して動けるのは、「周辺者」だけです。「当事者」はできません。予測できそうな範囲だけ、注意とチェックをして、それ以外で何か起こっても、「周辺者」は、自分の範囲を考えて行動しないと、難しくなります。怒っても限がないため、あまりに疲れている場合は、距離を取って、無理をしないほうがいいようです。

甘やかしてしまうと

 カサンドラ症候群になってしまいやすい人は、相手に期待していることが多かったり、自分が相手に多くのことを与えてしまっていたり、そういう人も多いようです。

 「当事者」は期待してくれることをできるようにはならないようです。反対に、何から何まで世話をしすぎると、「当事者」は、「周辺者」がやらなくなったら、期待した通りに動いてもらえないため、怒り出すこともあります。 すべてに「周辺者」がいる状況とは限らず、「当事者」が自分一人で何とかしないといけないケースはたくさんあります。手におえない部分のサポートは必要になりますが、ASD、ADHDと分かったら、もめたケースは、いったん休止したほうがいいかもしれません。

 ASD、ADHDは共依存関係になりやすいそうです。程度によりますが、「当事者」が自力でできない人の場合、誰かが付いていないと不安でしょうがない「当事者」もいるらしく、色々なことを頼み続け、ずっと助けてくれる人は減っていきます。そうすると、親切で優しくて、文句が少なくて、やってくれる人ばかり頼るようになり、「周辺者」の中で、特定の人がやり続けることになります。ただし、ASD、ADHDの場合は、助けていると限がありません。ASD、ADHDだと発覚する前に、「そのうちできるだろう」と甘やかしてしまったケースの場合は、減らそうとしても、嫌がって、「周辺者」を責め続けます。理由は、人に頼みすぎていることに違和感を感じず、「周辺者」のほうが悪いと思い込んでいるからです。「周辺者」がいくら説明しても、概念を理解してもらえないケースもあり、その場合は、「周辺者」は罪悪感は持たず、無理をしないこと。「周辺者」がいつまでも助け続けられないことも多いです。
 色々なことをいったん休止してみるというのも一つの方法です。

アイデンティティの作り替え

 ASD、ADHDの症状を知れば知るほど、「なんなんだろう?」となります。よくわからないというのが、「周辺者」の気持ちです。違和感を感じるのは、「周辺者」だけで、「当事者」は、「ああ、やっぱり」「そうだったのか」と納得するらしいです。受け止められるのは症状の理解だけ。その症状から起きることまで想像はできないようです。そのため、「周辺者」の気持ちを本などで知ったりすると、「なんで、違うんだろう?」と思うらしいです。

 お互いに住んでいる国が違う。それほど、理解するのが難しいようです。国が違えば、習慣も考え方も、概念も違う。言語は一緒ですが、「当事者」と「周辺者」とは、「指示代名詞は使わず、固有名詞を使う」「状態、程度を表す副詞より、具体的な数値や表現を使う」「言葉を省略してはいけない」など、文法が違っていたり、言葉の解釈が違っていたり、そこまでのカルチャーショックが起きるようです。そのカルチャーショックを知って、ホームシックになるか、状況を楽しもうとするかは、その人の性格もあるようです。

 旅行に行って、戸惑うことばかりになることも多いです。旅行なら、いつかは帰国しますが、その外国に住むとなると大変です。その国の習慣に慣れないといけない。日本での価値観は通用しないこともあります。それぐらいのことが「当事者」に起こっているようです。ここに慣れるには、それまでのアイデンティティを作り替えないといけないようです。すべてを捨てる必要はありませんが、「当事者」「周辺者」はこだわりを捨てないといけない部分も多いようです。

 「こうしてもらわないと」「こうするべき」という言葉は禁句になるようです。「こうしてみたら?」「こうしてみようか」というやり方で、価値観を埋めないと難しいようです。

 ASDの文化、言葉の理解、習慣は、「周辺者」と違いすぎるようです。そのために、自分の持っている価値観はすべて吐き出して、新たな自分を作り替えていく作業が必要のようです。そのためにリセット作業が必要なので、心の中の嫌な部分を吐き出して、自分の考えにとらわれず、罪悪感も持たず、ASDの場合は、突き放しや、見放しも必要な場合があることを理解して、考えを徐々に切り替えていく必要があるようです。

会話のテンポがずれる

 ASD、ADHDの人は、会話が苦手のようです。マルチタスクが苦手という人もいるようです。そういう場合は、会話は耳に入っていますが、言葉の意味が理解できず、次々、言葉が続くと、「さっきの話って、なんだったっけ?」これを脳の中で繰り返してしまうようです。
 そうすると、何度も聞き返すといけないと思い、流す、わかっているふりをする。そういうこともあるようです。

 これで何が起こるかというと、「あれ、さっきの話と、どうつながるの?」となり、会話がかみ合いません。意思の疎通ははかれない。ワーキングメモリーに関係があるようです。ところが、ASD、ADHDはおしゃべりが好きな人も多いため、そういう人は、相手に構わず、ずっと話し続けます。相手の表情は見てません.楽しいから、相手が聞いてなくても、「自分が楽しいから、相手の楽しい」と錯覚しているらしく、それを何度も続けると、そのうち、遮られるか、聞いてもらえなくなります。

 ASD、ADHDの「当事者」が自覚がない場合は、「周辺者」が合わせるしかないようです。

話を短めに言う。
要点を絞って話す。
重要なことを言う場合は、「これから、重要だから、必ず聞いて」と前置きを、必ず入れる。

などなど、対応策が必要のようです。「当事者」の人は、自覚が出たら、「一度、考えてから、話そう」と呪文を唱えるなど、相手に合わせることも考えていった方がいいようです。「周辺者」は、途中で、わからなくなる前に、話をまとめて、そこから、会話を進めたほうが安全です。ASD、ADHDの「当事者」は、自分では気づいていない場合が多く、「会話はちゃんと聞いていた」と錯覚しているケースも多いようです。確認を何度も行った方が安全です。

どこまで取り組むか?

ASD、ADHDの症状の状態と「当事者」「周辺者」の気持ちで決まります。

「当事者」の気持ちは?
 取り組みたい
  「専門家」「周辺者」と相談しましょう。自力でやるのは難しいです。
 取り組みたいとは思っているけれど、そこまでやる気はない
  できることからコツコツと。とりあえず、一番困っているものから取り組んでみる。
 取り組みたくない
  「周辺者」のサポートやフォローは減っていく可能性は高いです。サポートしてくれる人の忍耐が続くかどうかは、「当事者」の症状と性格と、「周辺者」の心がどうかで決まります。

「周辺者」の気持ちは?
 取り組みたい
  「当事者」の心と症状に合わせます。「専門家」に相談したり、バックアップ体制を無理しない程度で考えましょう。
 取り組みたいけど、そこまでやる気なし
  「当事者」の心と症状に合わせます。応急処置程度で、その都度考えましょう。無理をしないこと。
 取り組みたくない
  応急処置だけ考え、様子を見つつ、距離を取りましょう

症状が重い人
 そもそも、どこから取り組むの? という状態なので、「専門家」に相談したほうがよさそうです。ASD、ADHDの「当事者」は、どこが間違っているのか自己分析できない人もいるようです。本を読んだ程度では理解できない場合は、「周辺者」が教えるのも限度があります。「専門家」に相談して進めたほうが安全です。

症状が比較的軽い人、専門家に相談したけれど、ある程度は自力の人
  「当事者」のやる気度に合わせて、バックアップを考えます。最初は、一番困っている部分だけを考えて、進むスピードは「当事者」に合わせましょう。


「当事者」「周辺者」の両方の心が「取り組みたい」と一致しない限りは、何も進まないようです。片方だけが取り組みたいと思っても、難しいようです。「当事者」がやる気になっても、自力でできることは限られるからです。「周辺者」のサポートは必要になります。「周辺者」は、「当事者」の取り組み度によってしか、動けません。気持ちが出来上がるには、試行錯誤して、自分に合った方法を模索して、それでも、どうしても、片方の気持ちがだめだったら、何も変わらないことを覚悟したほうがよさそうです。相手に期待するのは難しいとあきらめたほうがよさそうです。

自力が多い

 ブログや書き込みを読んでいると、「発達障がい者支援センター」に通ったけれど、望んだケアをしてもらえない。話は聞いてくれたけれど、詳しくない人もいると書かれてあるものをよく見かけました。
 良い先生に出会えました。というケースもあり、様々のようです。ところが、ほとんどの人が書いていますが、補助はしてもらえるけれど、肝心な部分では自分で決めないといけない。自力でやらないといけない部分が多い。仕事や生活で困ることも多い。

 ほとんどの方が、「専門家」に頼っても、頼らなくても、かなり苦労しているようです。「周辺者」も同じで、そういう部分は、行政のバックアップがないと難しいようです。子供のうちに、色々とケアを考えたほうが良いようですが、根治治療がないために、できることは、社会スキルを身につける。認知のゆがみに気づく。ぐらいみたいです。

 どうしても、「周辺者」と同じレベルは、難しい場合も多いらしく、でも、それをどうするかの基準が、学校や社会で決まってないために、家庭のほうにゆだねられて、その家庭で頑張るのも限度があります。「報告、連絡、相談」これらがうまくできなくて問題が起きやすく、社会に出てから気づくケースも多いようです。訓練すればできるようになるわけではなく、「周辺者」のチェックが必要になったり、仕事のやり方を変えたり、自分に合ったやり方を、マニュアル化してもらえるわけではなく、自力で見つけないといけないようです。

 ADHDは投薬を考えるケースもあるようですが、基本の治療方針は、「できるようにすること」ではないようです。「できないながらも、それに合った環境づくりをしていき、生活改善を考えましょう」という指導が中心になるようです。認知のゆがみを取ったり、行動日誌をつけたり、様々な形での改善策を考えないといけないようですが、それを精神科医の先生がしてくれないケースも多いようです。

カサンドラが良くなるには

 ASDの「当事者」の状態と、関係によって、カサンドラ症候群の症状の重さが違ってきます。

 
症状が軽い
・・ASDの「当事者」が受動型で、症状に取り組んでいるケース。
症状が重い、長引く
・・「当事者」の症状が重すぎる。障害に対して、向き合わない、認めない、「周辺者」のせいにする。「周辺者」に頼りすぎるケース。

 カサンドラ状態を少しでも解消できた人、もしくは、カサンドラ状態にならなかった人の特徴は、「相手にさほど期待してない」ということみたいです。つまり、「割り切り度」が重要みたいです。解消が難しく、自分でどうしていいかもわからないレベルの問題でも、何とか折り合いをつけて、割り切れる時期が早い人は、少しは解消できるようです。
 でも、完全に解消できるわけではないそうです。なぜなら、「当事者」との関係が途切れない限り、ずっと、トラブルが続く、自分がサポートしないといけないことも続くので、時々はイライラするけれど、「前ほどじゃない」と書かれてあるものが多いようです。

 ASDの「当事者」が障害に対して取り組んでいる場合は、一緒に向き合えますが、取り組まない「当事者」の場合に、どうやって折り合いをつけて、割り切るか、そこを考えていくしかなさそうです。ASDの「当事者」が、できないことがたくさんあるけれど、「できることをやってくれたら、それでいい」そのできることの到達度も、「ほどほどでいい」と考えたほうが、「周辺者」はいいようです。

 症状が重すぎる場合は別ですが、「周辺者」の範囲と、「当事者」の範囲は分けて考えたほうがよさそうです。「当事者」の範囲は、「当事者」が責任を持つ。はたから見ていると、だれが悪いのかわからないために、理解してもらえないケースもありますが、「周辺者」は何を言われても、気にしない、できることはやったんだと後悔しない。そして、障害の理解を深めて、自分の範囲を考える。そうやって、割り切って、できることをしていくしかなさそうです。

言われるまで気づけない

 ASDの「当事者」は漠然とした指示では、「周辺者」が要求する程度の行動ができない場合があります。具体的に、一つ一つ区切って、指示をしないと伝わらないようです。一度にたくさん指示を出しすぎると、「どの順番だろう?」「何をするんだっけ?」となってしまうらしく、時間が許す限り、メモを渡して、流れを把握してもらうと安心するようです。途中でのチェックを「周辺者」がした方が安全です。一つの指示だけで、その後は自分で考えて行動してくれるだろうと予想したら、何もしてなかったというケースは多いようです。その場合、できていなくても、詰ってはいけないようです。なじられたら、怖がるか、怒り出して、相手の言うことを聞かなくなる場合もあるようです。

 言われるまで気づけないのは、想像ができないからのようです。聞いた言葉以上まで、行動はしないようです。だから、指示されたものしか答えられないため、接客業は向いてないとも言われています。受け答えで、気を利かせるという作業は苦手のようです。

「鈴木さんはいますか?」
  →「いません」と答えてしまう。この場合は、「鈴木はおりませんが、どのようなご用件でしょうか?」など、臨機応変に相手の希望を予測して行動することまで要求されますが、ASDの「当事者」は、そこまで考えられないようです。わからなければ、同僚に引き継ぐ。上司に相談する。家族の場合は、相談する人をあらかじめ決めておくなどの処置が必要のようです。


「○○○の作業をして、その後、進めておいて」
  →一番目の作業だけやる。「進めておいて」で「いったいなにを?」と戸惑い、進められない。そのときに確認すればいいのに、そこで、相手を見つめて待っている。もしくは、自分のしたいことをしていて、「なにしてるの?」と「周辺者」に注意される・・なんてケースも多いようです。 この場合は、「○○○の作業をしておいて」だけを伝え、その後の作業は、一つ一つ確認しながら「周辺者」がその都度、指示を出すケースと、紙に作業工程を書いて、あらかじめ「当事者」に渡しておいて、途中の確認を「周辺者」が何度も行うケースなど、状況に応じて変える必要があるようです。


挨拶が必要な時に言わない。
  →あらかじめ、「周辺者」が「当事者」に挨拶を教えておく。もしくは、そのときにフォローしつつ、教える。などの工夫が必要になるようです。


 どちらにしても、手順は一つ一つ説明して進めないと、初めてのケースだと進んでいかなくなります。説明が面倒だからと代わりに「周辺者」がやってしまうと、ASDの「当事者」は、自分でやらないといけないことまで「他の人にやってもらっても構わない」と勘違い認識したままになり、「当事者」が何もしなくなってしまうケースも多いようです。 面倒でも、次からやってもらった方がいい場合は、時間が許す限り、教えておいた方がいいようです。教えても、なかなか覚えられないようですが、「とりあえず、やり方を把握してもらえばいい。そのうち、できるときがあるだろう」と気長にやっていくしかなさそうです。

ページの用語

「当事者」ASD、ADHDの症状がある人
「周辺者」アスペルガー、ADHDの周辺にいる人
「専門家」カウンセラー、精神科医